恥の多い生涯とその感想

「お前で妥協するわ。ん(目を閉じる)」

ピシャリ。
平手が俺の頬を往復する。

まただ。

憧れの女子高の教師になれたため、これで勝ち組だなと思っていた。

彼女いない歴=年齢。
今年の4月から信任教師となった私、唐田巡(めぐる)は、これまで他の人間に遅れを取った分女性との触れ合いを試みていた。

流石に6月になれば仲の良い子が50,60人はいるかと思ったが、誰も口をきいてくれない。
生徒はおろか、同僚すらである。

俯いて廊下を歩く。

「唐田さん、3組の西田さんからエロい目で見られて死んで欲しいって苦情来てるんですが、目を抉られるか、死ぬか選んでください」

振り向くとコンパスを振りかざす女性がいた。
またこいつだ。
私の3コ上だという教師、道重さゆりである。
どうも私はこの女性(ヒト)が苦手だ。
私の教育係という名目で強く当たってくる。
暴力はよくない。

「僕はそんな目で見てません。」

誤解を正すため、毅然と言った。
ただ、勇み足で1歩前に進んだためコンパスが左目に刺さった。
痛い。
血が止まらない。

「あら、ごめんなさい。」

昼休み中だからか沢山の人が集まってくる。
人だかりから1人の女の子がハンカチを持って出てきた。
ぼやける右目はその子を3組の西田さんだと認識した。

「いや、ツンデレかい!好きッ(ハグの体勢)」

「まじで死ねよ……」

とっさに躱され、ハンカチを投げられた。
誰も救急車を呼ばないので泣きながら保健室に向かった。

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「もっと唐田先生は慎ましさが必要だと思うわ」

白衣を着てるオバハンに言われた。
「そうですか。手当てありがとうございます。ではこれで」
保健室を足早に出ようとする。

あーもう説教なんかいらんねん。
あと、こういうのって若くて美人な先生じゃないん?
俺もさあ、女だったらなんでもいい訳ではねーんだわ

「若くなくてすいませんね」

思わずはっとして振り向いた。
「いや、そんな事言って…」
「貴方が何を考えているかくらい分かります。とりあえずそこに座りなさい。」

しぶしぶ着座した。

「もうあなたのこの学校での評判は最低です。職場の女性探しならもう諦めなさい」

そう言われ、私はついカッとなった。

「何様ですか。諦めなければ夢は叶うってイチローも言ってたんですけど」

「正しい努力をしない人間が言うな」

正しい努力……?難しいことをごちゃごちゃと。

「落ち着いて聞きなさい。あなたは恋人が欲しいのでしょう?」
「はい(つってもお前は願い下げだけどな)」

「多分もう女性は無理なので男性にした方がいいですよ」

あん?

「何言ってるんですか?」
「もう男と付き合いなさい。そう言ってるんです。」
「LGBTって『手段』足り得るんですか?」
「そうです。それが『正しい努力』です。」


意味が分からない。
いや、分かるのだが意図が掴めない。

小学校時代、友だちのユウくんに
「一輪車はバランス感覚じゃなくて、進み続けることが大事なんだ。進むことで安定するからね」

と言われ納得したが、結局乗りこなせず断念し、何やかんやあって絶交したのを思い出した。

私はきつく目の前のオバサンを睨んだ。

「そんなの自分の立場でも言えるんですか?PKを外したサッカー選手を非難するだけしてテレビの前で寝っ転がってるオジサンと一緒ですよ、今の貴方は」

「ええ、言えます」

真っ直ぐな目で私にそう告げた。
「屁理屈だ…」
小さく呟いた。

「証拠に、私は3組の西田さんと付き合っています。」

「え?」

……

え?

なにかが聞こえたが、この目の前の女の口からで合っているのだろうか。

頭が割れそうだ。

「正しい努力をしましょう、唐田先生。」

窓を背にするこの壮年期の女性は、心なしか後光を味方にしていた。





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