冬霞自陣1周年記念小説

この小説はクトゥルフ神話trpg「冬霞に消ゆ」の二次創作です
現行、未通過の方は閲覧をお控え下さい。
また、同性愛を題材とした作品にもなっております
上記ジャンルが苦手な方もブラウザバックを推奨いたします。
上記全てが了承出来たお心が大海原のように広い方のみ本文をお読み下さい。


※この作品は全て、作者による妄想です、HO2側の視点で物語が進行します


早朝5時
まだ日も上がらないうちから起きないと、今の研修先には辿りつかない、朝が苦手な俺は何度も鳴るスマホのアラームを何とか消して、ムクリとベットから起き上がった。
「………ねむぃ」
目はヤニがついてしょぼしょぼで開かない、このまま二度寝もかませそうだったが、今日は研修初日、遅刻するわけにはいかない。
大きな欠伸をしながら洗面台に向かい雑に顔を洗う。
「うううっ‥冷いっ」
真冬の水道水は凍るほど冷たいが給湯器が温まるのを待てないし、顔を洗うだけにガス代を上げるのも今の俺にはしんどかった。
しかしその冷たさのおかげで目は覚める。
水で濡れた顔が鏡面に映る、まばらに生えたヒゲと形の悪い眉を見てうんざりする
「はぁ、髭剃るか…」
前髪をピンで軽く留めて顎にはクリームを塗り広げシェーバーで剃っていく、肌が弱いのでゆっくりと剃刀を下ろしていけば髭はさっぱりなくなる。
髭や眉毛が整えば少しはマシな見た目とやっとなる、冴えない見た目が変わるわけでは無いが、教師にとって清潔感は大事だろう
「花ヶ前先生もいっつも綺麗にしてたもんな…いや、綺麗というか美しい?」
慣れないスーツに着替えながら初恋の相手に想いを馳せた。

俺の学生時代、担任の先生だったあの人
大人でスマートで博識で、かっこよくて、綺麗で、優しい笑顔を見せてくれる。
非の打ち所がないほど美しい人。

「花ヶ前先生元気かな…」

研修先の学校に花ヶ前先生が居ると分かった時、死ぬほど嬉しかった。

また会えるんだと思うと今までの苦労なんて吹き飛ぶくらいに俺は心の中で舞い上がっていたのだ。
「いや…でも俺のことなんて、わすれてるよな……だって3年も前だしその間に花ヶ前先生は沢山の生徒を持ってきてるんだ……」
ネクタイを結びながらあれこれと研修とは別の事で頭がいっぱいになる。
それに、この想いが叶うこともきっと無い、
だって俺は男で花ヶ前先生も男なのだから、恋愛対象外である
自分で考えておきながら気分が落ちてしまった。
「朝から何考えてんだ俺……」
鏡面には新品のリクルートスーツをきた自分は全く似合わず顔を顰めた。
パリッと糊のついたワイシャツの襟が息苦しく締めたネクタイを思わず寛げると、少しだけ窮屈さが抜けた。
「あぁ、なんか今になって緊張してきた……」
窮屈さが抜けても、緊張はそのままに、荷物を引っ掴み玄関へと向かった。

通勤快速は始発の為ガラガラだ、俺はそそくさと端っこの座席を拝借し車窓を眺めていたようやく朝日が昇り出したようで、ビルの隙間から覗く強い光が目に染みる。

電車のアナウンスを聞きながらぼんやりと今日のスケジュールを思い出していると、乗り継ぎの駅に止まったらしく、入り口付近から冷たい風と冬の香りがふきこんでくる。

自分と似た様なスーツを着た人々が雪崩の様に入ってくる、車内はあっという間に隙間なく人で埋まっていきそんな中カートを持ったお婆ちゃんが所在なさげに入ってきて人の多さに驚いていた。
(通勤ラッシュに巻き込まれるのはちょっと可哀想だな…)
俺は立ち上がってお婆ちゃんの肩を申し訳程度に指で叩いた。
「席、良かったらどうぞ」
こちらを振り向いたお婆ちゃんは殆ど閉じ切った両目をホッとした様に目尻を下げた。
「ありがとうねぇ、助かります」
お婆ちゃんに席を譲り自分はドア付近の手摺りに移動した、あと数分もすれば停車駅が来る。
イヤホンを耳にはめ込み適当な音楽を流して、いつの間にか鮨詰状態になった車内を見て俺は少しだけ目を閉じた。

少し早い時間ではあったが、遅れるよりは良いだろう、俺は教職員用の入り口から入り室内用の靴に履き替え、少し早くなった鼓動を抑えながら職員室の引き戸を叩いた。

「失礼します、東寺大学から参りました研修生の未月です、研修担当の……」
「おや、おはようございます」

俺は思わず弾けた様に視線を上げた、目線の先にはステンレスのマグカップを持った彼があの日と変わらない笑顔で俺を見ていた。

あぁ、やばい…嬉しすぎて声出ない

「…お、おはようございます…花ヶ前…先生」
俺が思わず名前を呼ぶと、彼も驚いた様に目を見開いた。
「…私の名前、覚えていてくれたんですね、未月くん」
俺が名前を呼んだだけなのに
花ヶ前先生はふわりと綿雪の様に淡く微笑んで、俺はそれだけで天にも昇る心地だった。
「勿論です、忘れるわけありません」
ずっと前から好きになった人の名前を忘れるはずがない。

角して、未月一華は大学三年の冬に努力の末、念願かなって初恋の相手へ再会を遂げた。

「研修生の未月一華です、このクラスで二週間みんなに授業をしたり、一緒に勉強したり、仲良くできたら嬉しいです、よろしくお願いします」

控えめな拍手とソワソワした子供達を見て少しだけ緊張が解けた、自己紹介が終わると横に控えていた花ヶ前先生が隣までやってきて教卓の前で話し始めた。
「未月先生は国語の授業の際、私のサポートやメインで授業もしてもらいますよ、もちろん中間テストの範囲内ですから、みんな気を抜かずに授業に励んでくださいね」
花ヶ前先生の話を聞くなり、生徒からは不服だったり焦りだったりいろんな声が届いたがそれもすぐに収まりすぐに授業が始まった。

研修期間は大きな問題もなく日々が過ぎ去っていった。
週末になれば笑顔で生徒達が
「未月先生また来週!」
と手を振ってくれる迄に一華は生徒達と打ち解けていた。

そんな順風満帆な研修生生活も一つだけ問題があった、それは研修生と担当教諭同士のミーティングである。

研修生と担当教師は毎朝1日のスケジュールを確認し、担当教師と行動をともにする。
その時間が一華には至福であり難所でもあった。
「では、本日もよろしくお願いしますね、未月君」
「はっはい!よろしくお願いします!!」
一週間がようやく経とうとしているが、俺はこの毎朝のミーティングでいつも心臓が破裂しそうだった。

理由は一つ

俺の担当教師が花ヶ前先生だったからだ。

(嬉しいけど、緊張しすぎて、心臓痛い。。)

まさか担当が花ヶ前先生だとは思っていなかったので心の準備が全くできていなかった

まぁ事前連絡受けていたとしても多分変わらなかったとも思うけど。。。

二人で職員室を出て教室に向かっていると、廊下にいる女子生徒達の話し声がたまたま耳に入った。
「花ヶ前先生ってさ、かっこいいよね」
「モデルだったりしたのかな」

そんな女子生徒達のひそひそ話が変に耳についてしまった。
(やっぱり花ヶ前先生ってモテるよな…)
透き通った白磁の肌、アイスブルーの瞳は銀縁のスクエア眼鏡で知的さが増してより魅力的になっている。
混じり気のない絹の様に細く柔らかいアッシュグレーの髪は緩く巻かれて垢抜けた感じがしてモデルと言われても疑わない程似合っていて……こんなに美しい人そうそうお目にはかかれないし、なんならテレビに出てるそこらの芸能人よりも数十倍綺麗だと断言できる。(一華の主観である)
そんな凄い人が俺の恩師で今の教育担当……
(今まで考えたことなかったけど、こんなに綺麗な人がいたら学内で噂が立たないわけないよな)
きっと本人の預かり知らぬところで、ファンクラブだなんだとできているに違いない、しかし、花ヶ前雪という人物はアイドルでも芸能人でもなく高校教師である、たとえ周りがそう林立てようとも生徒達は一枚の答案用紙を出されて現実に戻るのだ。
(問題は生徒よりも…)
もっと別にあるのだ。

彼と生徒としてではなく、似たような立場になってから気づいたことがあった。
花ヶ前先生は、なぜか同僚上司から過剰なほど信用されていた。

確かに彼は品行方正で、教師の鏡のような人柄だと俺も思う、しかし、それを抜きにしても周りの反応は少し異常と感じるほど彼を、花ヶ前先生を持ち上げるような空気感が俺はひどく気になった。
卒なくなんでもこなす彼を盲目的に信用し、全ての教師が彼を頼る事の異常さ。
しかし、本人はそんな状況も慣れているのか気にも止めていない。

そしてその違和感はある日、俺の中で疑問から確信へと変わった。

「いやー、それにしても、毎年毎年教育係辞退してた花ヶ前先生がねぇ」
「いいじゃないですか、こっちとしても楽になったんだ、まぁ綺麗すぎる顔っていうのも大変そうですけどねぇ」
「でも俺たちみたいな、凡人の冴えないおっさんよりは100倍うまい人生でしょう」
「そりゃねぇ、ちょっとばかしいい感じに持ち上げておけば雑用も変わってくれるし、そのくらいはねぇ」
教師専用の喫煙室、そこからそんな会話が漏れ聞こえていたのだ。

(あぁ、俺が嫌いな人種がいる)
ゴミを捨てに行こうと立ち寄っただけではあったが、スッと自分か表情が抜け落ちていくのがわかった。

同性の教師は勝手に嫉妬と募らせ彼に当て擦りの様に雑用を押し付け。

異性の教師は媚びた声で彼に近寄り空きあらば彼の特別になろうと互いを牽制し合う。

花ヶ前先生の周りには、そんな下卑た考えの汚い奴らばかりがいるのかと
静かな怒りが腹の中で渦巻いていくが、フッと怒りは沈んでいく。

(媚びた態度なら、俺も同類じゃないか…)
他人を批判出来るほど一華は自己肯定が高くないし、仮にできる立場でと発言する勇気はない。
そんな意気地なしな部分は少年の頃から全く変わってないのだから自分自身に一番腹が立つ。

彼の現状を分かっていながら、何も行動出来ない己の不甲斐無さに奥歯を強く噛み締めることしかできなかった。

「花ヶ前先生、本日分の報告になります。」
「はい、ありがとうございます、後で確認しますね。」
研修終了時前、レポートの提出や明日の軽い打ち合わせが終われば研修生としての業務は終わってしまう。
しかし、現役教師である花ヶ前先生のデスクの上には整頓されていても余りある書類やファイルの山が出来ていた。
「花ヶ前先生、あの…俺が触っても問題ないような雑用とか何かありますか?」
「え?……あぁ、あるにはありますがもう終業時刻ですし、未月くんは帰って大丈夫ですよ」
「い、いいんです自主的に行っている事なので、花ヶ前先生さえ良ければ、何か手伝わせて頂けませんか?」

俺は初めて食い下がり、何かできないかとお願いした。
それを聞いた花ヶ前先生は少し口元に指を当てながら思案する。
「では、この書類を分けてくださいますか?それからこれはもう捨ててしまうものになるのでシュレッダーに…」
それからいくつかの雑用をもらって、俺は意気揚々と書類整理に精をだした。
人がまちまちいた職員室も1人、また1人と徐々に人が帰っていき、いつのまにか俺と花ヶ前先生の2人だけになった。
黙々と作業を続け、そしてようやくひと段落ついた。
「お疲れ様でした、未月くん」
背後から声がかけられ、俺は振り向いた、そこには声の主である花ヶ前先生が立っていた。
「花ヶ前先生、お疲れ様です、全部終わりました」
するとニコリと花ヶ前先生は微笑んでそして、俺の机の上を覗き込むように身を乗り出した。
「こんなに丁寧にしてくれたんですね…ありがとうございます」
彼は囁くように優しい声で俺の耳元でそう言った。
近すぎるその距離にドギマギするが、俺はギュッと手に力を入れて声をだす。
「細かいかなって思ったんですけど、こうした方が見返した時に見やすいかなって思って…迷惑じゃなかったですかね」
「そんな迷惑だなんて、とても助かります」

触れそうで触れない、少しでも指をずらせば彼の細く美しい指先に触れられる程に

でも、触れることは出来ない。

だって俺は……

「おや、花ヶ前先生まだいたんですか?そろそろ閉めますよぉ、さぁさぁ帰りましょ」
絶妙な2人の沈黙を破ったのはガラガラと言う引き戸の音だった。
開けたのは今まで見回りをしていた教頭先生、寒かったのか鼻先が少し赤くなっている。
「教頭先生、見回りありがとうございました」
「いえいえ、じゃあカバンなり色々とってくるので先に出てくださいねぇ」
花ヶ前は何故か少し困ったような笑みで俺を見て
「……さて未月くん帰りましょうか」
「は、はい」
俺はカバンとコートを引っ掴んで花ヶ前と一緒に学校を後にした。

「未月くん、今日はありがとうございました」
「いえ、花ヶ前先生の役に立ちたかったので」
「私の、ですか?」
「はい、だって今回も沢山のことを教えてもらったので少しでもお礼ができたらなって」
(本当は少しでも長くあなたの隣に居たかったから、なんて言えない)
でも、そうする事で彼に無駄な頼み事をする人が減っていた気がしたから俺の下心も有効活用出来たと思いたい。
「未月くん、今日はありがとうございました」
「いえ、花ヶ前先生の役に立ちたかったので」
「私の、ですか?」
「はい、だって今回も沢山のことを教えてもらったので少しでもお礼ができたらなって」
(本当は少しでも長くあなたの隣に居たかったから、なんて言えない)
でも、そうする事で彼に無駄な頼み事をする人が減っていた気がしたから俺の下心も有効活用出来たと思いたい。
駅に着くまで、俺は花ヶ前先生と他愛ない会話で盛り上がった、大学での事やこれまでの事、仕事が終わった後の過ごし方だったり、
穏やかな会話の流れではあるものの、会話が途切れることは無かった。

「花ヶ前先生今週もお疲れ様でした、また月曜日よろしくお願いします」
俺は改札前でペコリとお辞儀をして彼とは反対方向のホームに階段を駆け上った。
俺は充実と多幸感で胸を一杯にして

花ヶ前先生は階段から未月の姿が見えなくなるまで、ずっと姿を眺めていた。
「私の方こそ、いつも未月くに助けられていましたよ」

未月の姿が完全に見えなくなった後、花ヶ前はぽつりと独り言のように呟いた。

「今日の晩飯、何にしようかな」
電車の中で先程の会話を反芻しながら幸せに浸っていたが、グルルっと腹の虫が鳴った。
車窓から外を眺めて、ぼんやりと考えていると
「あれ?未月?」
自分の名前を呼ばれて振り返った
「藤原くん」
「お疲れ!実習終わり、にしては遅いよな」
「ううん実習終わり、ちょっと色々あってさ」
「えぇ、大丈夫なのかよ」
「時間外に手伝ったのは自主的にだからさ、問題はないよ」
「ふーん、相変わらず真面目だな未月は、あっ、なぁ未月じゃあ晩飯まだ食ってないの?」
「そうだね、ちょうど何食べようか考えてたところ」
そう答えると藤原くんは目を輝かせ嬉しそうにうれの肩に腕を回してきた。
「ちょうどよかった!今日予約してた店でさ、ひとりこれなくなちゃってさぁ困ってたんだよ、一緒に飯食おうぜ」
「え?でもお邪魔じゃないかな」
「ないない!全然!それに穴埋めしないとキャンセル料も取られるからさぁ、なぁいいだろ?」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
「サンキューな未月、マジ助かるよぉ」
そうして藤原くんに連れられるまま俺は最寄りの3つ前で降りてオシャレそうだけど値段がずいぶんリーズナブルなイタリアンのお店に連れて行かれた、そして予約のテーブル席だと言われて案内されるも、そこで気づいた。
これがただの食事会ではないと言うことを。
「あの、藤原くん、ちなみになんだけど、これってもしかして、合コン?」
「あ、あぁ、まぁほら可愛い女の子と楽しくお喋りしながらご飯を食べる会とも言う」
「藤原くん、それを世間一般では合コンって言うんだよ………」
嵌められた、この類の集まりは兎に角苦手だった、酒もあまり得意でないし、初対面の誰かと話すなんてもっとハードルが高いのだから。
藤原くんは焦ったように俺の前で両手を合わせて頼み込んで来た。
「ごめん未月!でも今日だけ!最初に自己紹介だけして後は飯食べるだけでいいから!な!な!俺の面子を潰さないためにも頼むよぉ〜、あっ!もちろん会費はなくていいから!俺の!奢りだから!!!」

「東寺大学3年未月一華です…よろしくお願いします」
パラパラと控えめな拍手が送られ、なんとも言えない感覚になった。
主催に泣き寝入りされての飛び入り参加とはいえ、めちゃくちゃ気まずい…。

結局未月は藤原のお願いを聞いてしまった。
藤原とは特段仲がいいわけでもない、断っても良かったはずなのにそれをしなかった、と言うよりできなかったと言い換えた方がいいだろう。

未月一華という男は滅法押しに弱かった。

因みにだが、会費はしっかり払った、次回があってはたまったものではない。

なんやかんやあったがお店のご飯は美味しかったし俺以外の三人は大いに盛り上がっていた。
そうして"食事会"が始まって1時間が経とうとしていた時、だいぶお酒を飲んで周りは出来上がりつつあった。
「おおぃ、みつちゅきちゃん呑んでる〜?」
「ちょ、田中くん俺に絡んでも何も出ないから」
隣にいた同級生はその中でも一番絡み酒で厄介だった。
「だってよぉ、きょうはこーーーんなにぃびじん揃いなんだぜぇ?し・か・も!医大のチョー頭良い子達なんだぞぉ」
「そうだね、だから田中くん俺じゃなくて女の子達とお話ししなよ」
「みつちゅきちゃんつれなーい」
うざい、正直もう帰りたい。
この酔っぱらいをどうしたものかと軽くため息をついた。
「田中さんって言いましたっけ?お酒をずいぶんハイペースで飲まれてましたけど、急性アルコール中毒にでもなりたいんですか?」
そんな中俺の対面に座っていた少女が初めて口を開いた、この子も俺と似たような状況だったのか、自己紹介の後黙々と食事をとっていたのだ。(対面が未月だったため全く会話はなかった)
歯に衣着せぬ物言いは、ここまでくるといっそ清々しいとさえ思う。
「ヒクッ…えぇ?なに?俺のことしんぱいしてくれたのぉ?ヒック…でも俺めっちゃ酒強いからぁ」
「そういう人ほど後から痛い目に遭うんです……それに嫌がっている人に絡んで何が楽しいんですかみてるこっちも不愉快です」
「……チッ、んだよ可愛くねぇな」
「可愛くなくて結構、私はただの補欠ですから」
売り言葉に買い言葉2人の口論は少し白熱し、空気の悪い会話に他のメンバーも口を閉じてしまった。
なんとも来まづい沈黙が降りる。
「あっ、あははは!大分みんなご飯とかも食べて満足してきたかなぁ!」
「そ、そうだね!じゃあ一次会はこの辺にして次の店にいこうか?!」
慌てて幹事2人が場の空気を変えようと必死に会話を持ち出しその場はお開きとなった。

「未月、マジ助かったわ」
藤原くんにはそう言われたけど、あの険悪なムードを作ってしまった一因は自分にもあるのでなんとも言えない。
「じゃあ俺先に帰るから、お疲れ様」
藤原くんの挨拶もそこそこに俺は逃げるように駅へと向かった。

「はぁ、なんか疲れた」
夕方までの楽しい気持ちはどこへやら、先程の食事会でほとほと疲れてしまった。
ため息を付きながら電車を待っていると
「あっ、未月さん」
「えっ?」
唐突に自分の名前を呼ばれて振り返った。
するとそこには先程合コンで対面に座っていた少女が居た。
「あ…あぁ、えっと…」
「さっきはごめんなさい」
女の子は急に俺の顔を見るなり勢いよく頭を下げて謝ってきた。
「えっ!いやいやいや、か、顔あげて下さい、俺は全然大丈夫ですから」
いくら人が少ない駅のホームでもこんな事すればそれなりの注目は浴びる。
俺は慌てて彼女をベンチまで連れて行った。
「……」
彼女は謝罪の後罰が悪そうに俯いていた、先程の威勢の良さとは大違いである。
(めちゃくちゃ気まずいな…)
沈黙が辛すぎて何か喋ろうと俺は四苦八苦しなんとか彼女を宥めようと試みた。
「その、さっきの事なら俺は全然気にしてないし、むしろ俺のせいであぁなっちゃったわけだし…君は悪いことはしてない、と思う、よ?」
「いえ…私のせいで、会が台無しになりました、あそこまでキツく当たる必要なかったのに…周りの雰囲気を壊しちゃった」
クエスト失敗、彼女は余計に落ち込んだ。

(くっ、くそぉ…どうしたらいいんだよ…)
頭の中で色んな策を講じるものどれも現時点では何も意味をなさない励ましばかりである。
俯いていてわかりづらかったが、彼女の両目は薄い涙の膜ができていた。
(やばいやばいやばい)
泣かれればさらに状況が悪化するのは目に見えている。
泣きそうな少女と慌てる男、この構図はどう考えても俺が不審者扱いされるのは目に見えている。
俺は苦し紛れに彼女に言葉をかけた。
「そ!そうだコーンスープとココアどっちが好き?」
「へ?」
少女は鳩が豆鉄砲喰らったような顔をした。
「コーンスープとココア!君はどっちが好きかな?俺は…コーンスープかな」
「は?なんで急に……ココアが好きです」
訝しみながらも彼女は俺の問いに律儀に答えてくれた、これ幸いである。
「わかった!ちょっと座って待ってて。」

俺はホームの自販機に駆け寄り、ホットココアとコーンスープを買った。
「はい、良かったらどうぞ」
「ありがとう…」
突飛な行動のおかげで彼女の涙は引っ込んでいたようで、少しホッとする。
人一人分あけたベンチに俺は腰掛け、彼女の様子を横目で見た。
(不審がられてはないから、大丈夫?かな)
飲み物を買ったは良いが、自分は飲みたいわけではなかったので持て余す、彼女も缶の暖かさを感じ取るように指先でココアを包み込んでいた。
「…電車が来るまで、私の愚痴聞いてもらってもいいですか?」
「う、うん」
「私今日の食事会が合コンだなんて知らなかったんです、他の友達がドタキャンしたからって理由で美味しイタリアンタダで食べないかって言われて」
「…なるほど」
この子も俺と同じ理由で誘われていたのかと思うと、変な親近感が湧いてしまった。
「ちゃんと内容を聞かなかった私も悪いです、でも、なんかモヤモヤが晴れなくて、理不尽に振る舞う人を見てたら余計にイライラしてきて……」
「うん」
「友達ともなんか気まずくなっちゃって、当たり前かもだけど……貴方も私なんかが目の前でガッカリしましたよね」
「…ううん、実はね俺も君と同じ理由で参加してだんだ、こういう集まりも得意じゃないから最初はどうしようって内心焦ってたけど、君が黙々とご飯食べてるの見てたら、何だか安心したんだよね、もしかしたら乗り気じゃないのは俺だけじゃないかもってさ」
「…そうだったんだ、ふふっ」
お互い何だかおかしくなって自然と笑いが漏れた。
それから少しだけ他の事も話した。
「なんかスッキリした!未月さん話した聞いてくれてありがとうございます、友達には謝って仲直りできそう」
「そっか、良かったよ…あっ電車そろそろ来るね」
「私は次の快速電車じゃないと最寄りに行けないので」
「わかった、じゃあお先に」
「はい、さようなら未月さん」
「さようなら」
そう言って、俺たちはその場で別れた。

電車が来る直前彼女は少しだけ身の上話もしてくれた、なんでも報われない片想いをしていて、それに悩んでいた事を友達に言ってしまったのだと、だから友達も良かれと思って誘ってくれたんじゃないかと。

報われない片想い

その言葉に俺の頭の中では花ヶ前先生の顔が浮かんだ。

花ヶ前先生に向けてのこの想いが果たして恋なのか親愛なのか、ずっと考えてた。
もしかしたら違う感情を恋だと勘違いしているのではないかとも思った。
しかし、この一週間とそしてあの子との会話で俺は曖昧だった思いの輪郭がくっきりと浮かんできて、小さく言葉がこぼれ落ちた
答えは
終電間近の車内には誰もいない。
その言葉は冬の冷たい空気と一華の吐息と混じり合って霞のように消えていく。

「先生?先生ってば」
「…っ」
「どうしたの?急にぼーっとして」
「ごめんごめん、何でもないよ」
今年初めての雪、ちらほらと校庭には雪がうっすらと積もり始めていた。
一華は1人の生徒の補習授業の真っ最中であった。
「声かけたってことは、全部埋め終わった?」
「あっ、いゃぁ…でももうすぐだよ」
生徒はまた補習用の答案用紙に目線を落とした、右手でクルクルと器用にシャーペンを回して最後の問題に眉間の皺を寄せている。
「ねぇ、先生はさ、好きな人とかいる?」
「……補習中は私語禁止、あと一問だよ」
「……おわったら話聞いてくれる?」
「…いいよ」
それから教室にはシャーペンがカリカリと紙に書き出す音と石油ストーブの音だけが静かに響いた。
「はい、未月先生できました!」
「ん、じゃあこのまま採点するよ」
胸ポケットから赤ペンを取り出して、一問目から採点をしていく。
◯、◯、……△、◯……×、×
「ギリギリだなぁ、でも及第点、今日は合格」
「やったぁっ!」
「コラコラ、ギリギリだぞ、明日も補習だ」
「えぇ、まあでも今部活も行けないしな、明日もよろしくお願いします!!」
「その元気を授業中に出してくれよ」
「へへっごめんなさい」
生徒はニヘラっと笑いながらも少しバツの悪そうな顔でそう言った。
「でさ、未月先生は好きな人とかいるの?」
「生徒には教えん」
「えええ?!補習終わったら話してくれるって言ったじゃん!」
「話しただろ」
「屁理屈だ!ブーブー!!」
「大体急に何でそんな事聞きたいんだ」
「いや…別に、同級生にこういう話するのはずいじゃん、でも誰かに聞いて欲しいって事ない?先生なら笑わずに聞いてくれるかなって」
「まぁ、俺は茶化したりとかはしないけど、お前は友達たくさんいるだろ?」
「いや、好きかどうかとかよくわかんないし、でもでも先生は俺たちより多く生きてるでしょ?だから!人生経験豊富な先生に聞きたくて!人を好きになる時ってどんな感じになる?やっぱりドキドキしたりするのが正解?」

未月一華25歳独身=恋人いない歴年齢
なんてしょうもない計算式を思いついたがすぐにかき消した。
恋人がいた事はないが、好きな人がいるのは確かだ。
「まずだ、お前はその人に対してどういう好意を抱いているか明確に考えるといい」
「どういう好意?」
「そう、たとえば、友達みたいに放課後に一緒に遊んだりご飯を食べたり、ワイワイ楽しんでみたいのか、それとも2人っきりでデートに誘って手を繋いだりハグしたり…より親密な中になりたいのか、とかさ、好きにも種類があるのはわかるだろ?」
「……うん、そう、だね」
「漠然とした好意なんて誰しも持つ、その中でも恋人として好きな人ができるのは普通の好感とは訳が違うからな」

一華は自分で言いながらなんか凹んできた。
好きという感情とはとにかく厄介だ、一言では言い表せない好きという以外に色んな感情が混ざってしまう。
「でもでも先生、ハグとか男はあんまししないけど女の子同士とかなら手繋いだりもするよね、他にも恋か親愛かって違いは?」
「……嫉妬?」
「しっと?」
「…もしだ、お前が好きだと感じている人が他の男の人とかと楽しげに話していたりそういう状況を見た時、お前はどう感じる?」
「…………うーーん………あの人が誰かと楽しそうにしてるのが想像できないかも……」
「なっ、なんだそれ…はぁ、じゃあそもそもお前はまだその人のことを知らなさすぎるって事だ、恋愛云々前にな」
「あぁ、確かにそうかも……出会ったのも偶然だったし…俺と同じ学生って感じでもなさそうだったしな」
「さ、もう17時前ださっさと下校しろ」
「はーい」

「じゃあ未月先生さようなら」
「はい、さようなら」
生徒は教室を出る間際こちらを振り返ると
「先生、相談乗ってくれてありがとう!めっちゃ助かった」
「はいはい、」
ニカッと笑って少年は元気よく教室を後にした。
「全く、恋愛経験ゼロの癖に、よくあんな事言えるよな俺」
ぽりぽりと頭をかきながら教室を出る、冬の校舎はとても冷たく底冷えするし、テスト前というのもあり校舎に残っている生徒は殆どいない、人のいない学校というのはなぜこうも薄気味悪く感じるのか不思議である。

「何があんな事だったんですか?」
「えっ?うあああああっ」
教室の引き戸を閉めている間唐突に背後から声降りかかってきた。
一華は驚き声を上げる
「おや?すみません驚かせてしまいましたね」
「あっ…あいや…な、なんだ花ヶ前先生か」
驚き大袈裟に声は上げたものの振り返るとそこには花ヶ前先生がいた、ほっとしたのも束の間、先生はトレンチコートを羽織ってマスターキーを片手に持っているどうやら最終の見回りをしているようだった。
「未月先生以外はもう皆さん帰ってしまっていますので様子を見にきましたよ」
「あっ!ごめんなさい!今日水曜日でしたね急いで帰る準備しますね」
「いえ、ゆっくりで構いませんよ…遅くまで生徒の補習お疲れ様です」
「あ、ありがとうございま「それで、あんな事とは?なんだったんですか?」
「へ?」
「すみません、お話を聞くつもりはなかったのですが聞こえてきてしまって…なにか悩み事でもありました?」
花ヶ前の顔を見上げれば、本当に心配そうな顔で俺を見ていた、そんな花ヶ前先生の優しさに嬉しさを滲ませながらも、そんな些細な事で気を遣ってもらった申し訳なさで神妙な顔つきになってしまう。
「いえ、たいしたことではないんですが…生徒から少し人生相談的な事を持ちかけられて…それらしい助言をしてみたけど、結局のところ俺自身がそこまでたいした人生送ってないのに何を偉そうにと思ってしまって…」
 
「そうだったんですね…確かに難しいですね、でもそれだけ未月先生も生徒に信頼されてるという証拠だと私は思いますよ」
「えっ」
「10代の子どもたちは大人が思っている以上にたくさんの事を考えていますからね誰かに何かを打ち明けるという行為はそれだけ相手に対して信頼を勝ち取っていなければできない事ですから」
「……たしかに、そうかもですね…」
「私も新任の頃は似たような事がありましたし、私も未月先生と同じように悩んだりもしました」
「……(なんだか不思議だったけど、そうだよな、俺が学生の時は先生だって若くてなんでも初めてだったんだから当たり前っちゃそうか)」
いつも遠い存在に見える想い人が少しだけ身近に感じられた、烏滸がましいと思う自分もいたけど、それでも同じだと言われた事が何よりも安心している自分がいた。
「だから、そこまで自分を卑下する事はありません、誰にでも初めてのことはあるものですから」
「…ありがとうございます!なんだか気持ちが軽くなりました」
なんだか本当に安心してしまった一華は子どもみたいに笑顔を向けて話しかけてしまった。
「あっ、ここで話し込んでる場合じゃなかった、すみません花ヶ前先生俺職員室戻りますね」
「………気にしないでください、引き留めたのは私ですから」
「そうだ!帰り駅まで一緒に帰りませんか?最近忙しくて花ヶ前先生と色々話せてなかったので」
「ええ、もちろんいいですよ」

そう言って一華は心なし弾みながらその場を去っていった。
「ふふっ、鍵締めの当番も案外悪くありませんね」
嬉しそうに笑う彼を見る事が出来るのなら。

あとがき?という名の感想
書きたいことだけ書き連ねていったのでまだ書きたいネタはありますが、この話のまま続けていると話がダレるなと思ったので一周年記念は一旦ここまで、拙作を読んでくださった皆様本当にありがとうございます。
この2人の物語は正直過去を掘り下げていくことしかできません、未月一華と花ヶ前雪という2人の未来の物語を紡ぐことは無理となります、ですが、2人のことが大好きなので今後もまた書き続けると想います。
一周年なんだしもう少し色々やっちゃうか?とも思ったのですが、書いているうちに、いやこの2人でそれは……解釈違いだ!と二次創作なんだからやりたい事やらせろよとか色々葛藤はありましたが、正気が戻るにつれて一華が1人で致してる描写書きたい欲や一華の妄想でめっちゃ言葉責めみたいなことしてる花ヶ前先生の妄想は一旦頭の奥底に収めました、はいすみません。
2人の関係があまりに尊くて綺麗なもんだからPLが汚していいもんでもないなと思って。
2人の関係値は恋愛以外にも親愛や擬似的な親子愛に似た何かもあるよねなんて事を相方さんとお話させていただいていた時、そう言えば一華の家庭環境ってキャラシにもそこまで書いてなかったなと思い出しました、書くほどのことでもないか、自分がわかっていれば良いくらいに思っていたので…せっかくなので少しだけ書かせていただきます。
未月家は子1人両親の三人家族です、祖父母や親戚関係とはあまり交流のない家庭なのでご近所付き合いとかも希薄でした、そして両親は共働きで父親に関しては亭主関白で自他共に認めるストイックな性格で、母親に似た一華はそんな父とは真反対な成長を遂げてしまったので、一華は父親から嫌厭され、父親からは愛情を受けることがなく幼少期を過ごして行きました。
そして中高でいじめに会い、家族(父親)とも余計関係が拗れて行き教室も実家も居場所がなくなりどうしたものかと塞ぎ込んでいる時に、きっと花ヶ前先生と出会ったのではないかなと思っています。
あまりキャラのバックボーンを卓前に練りすぎるのも良くないよなメタ的に…そして相方さんとかkpさん困らせたらどうしようとか色々考えた挙句、キャラシの文章も最小限にとどめていました(当社比)
卓が終わった後だから言える事もありますよねw
そんな私の明後日な思考とは裏腹にとても優しい相方さんとママに恵まれて本当にこのシナリオ行けてよかったなっておもっております。
改めて冬霞自陣一周なんおめでとうございます。

一華と雪さんでの未来は書けないけど、どうか2人が幸せになってくれている事を祈って。

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