時計とわたし 9月7日

 時計を見ると昨日と同じくらいの時間を指している。また今日も昨日と同じで何もできなかった。本当に何もできなかったわけではない。朝、元気を出して市内のマクドナルドに行って、月見マフィンを買った。初めてマクドナルドで月見のメニューを買った。昔、エッグのメニューを買った時にあまり美味しくないと思っていたから時期が来ても食べたいと思うことはなかった。
 テイクアウトをして初めて食べた月見マフィンはとても美味しかった。少し物足りなくて卵の部分に醤油をかけて食べたけれど、そんなの関係ないくらいちゃんと美味しかった。
 初めてのことをしたけれど、世界にとってはなんでもないこと。わたしにとって大切な初めてのこともあまり重要ではないみたい。何も生産性がないから、社会の存続にほとんど影響のないことだから。月見マフィンを食べたからといって誰かに褒められたり人からの評価が上がったりするわけではない。これをチャレンジといっても「ふーん」と流されてしまうだけだ。
 だから、何もできなかった。何かしたけれど、社会的な行為を私はできなかった。未来につながるようなことを何一つできなかった。貯めたお金でものを買って経済を回して、社会とつながっているはずだけれど、今日の私が会話をしたのはマクドナルドの店員さんだけだった。
 時計が昨日と同じ時間を指している。一日が過ぎて、昨日は昨日になっているのに私は何一つ社会的な価値があがっていない。それどころか年齢を重ねていくのだから少しずつ価値が落ちていく。
 ああ、この価値の下落を止めるためにできることはなんだろう。自己研鑽、努力、スキルアップ。いろいろな方法があるけれど、私が選びそうになるのはいつも下向きのことばかり。価値が下がり続けるのなら、損切りするしかない。今すぐ死ねば、ここが頂点で終わる。それ以降の価値の下落など関係なく私は現時点で最も高い評価のまま人生を終わることができる。
  馬鹿げていると笑う人がいるだろう。存分に笑ってくれて構わない。私だってこんな人間が近くにいれば笑ってしまうだろう。思考が極端だと、今が一番若いのだからなんだってできると、アドバイスでもかけるだろう。でも私は冗談でもなく本当に、死ぬことが救いになると信じている。私の中に恐怖心がなく、狂人になれればよかった。首を吊ることも都会のビルに侵入して飛び降りることも、真夜中の海に飛び込むことも簡単にできてしまう人間ならよかった。中途半端に正常な感覚があるから、死ぬほど苦しいんだ。
 私の文章にどれだけの価値があるだろう。言葉が紡げることにどれだけの価値があるだろう。社会からはじかれて順応できずに生きたまま死を願う人間の視点は、どれだけ有益だろう。私が生きていることにどれだけの意味があるだろう。
 夢は叶わなかった。まだ叶う可能性は残っている。努力をして本気で人生をかければ可能性を掴み取ることができるかもしれない。
 掴めなかったら? 叶わなかったら?
 今より何倍も強い苦しみが襲ってくる。一段と強い虚無感と喪失感に襲われる。食うことも寝ることも生きることも、誰かに奪われる。
 私は生きていたい。生きていたいんだけれど、夢を捨てることを何よりも恐れている。挑戦して夢が叶わない現実を突きつけられることを恐れている。挑戦しなければ、挑戦しておけばよかったと後悔できる。やらない後悔よりやる後悔、でも叶わない現実より叶うかもしれなかった現実の方がずっとマシ。自分の曖昧で脆弱な精神を守るために、宙ぶらりんの夢を見て愚痴を吐いていた方がいいんだ。
 私は私の心を守っていけない。初めて誰かに教えられて掴んだものじゃない夢を捨てて生きていくことがどうしてもできない。弱虫とか未熟者とか社会不適合者とか穀潰しとか負け組とか、何を言われたって苦しくなかった。私の中には夢があったから。夢に縋り付いて生きてきたから。来るはずのない「いつか」をずっと待っていたから。見返してやるとか今に見てろ、なんて思ったことはなかった。ただ私は社会が嫌いで、他人が怖くて、自分以外が何よりも信頼できなくて、自分がそれ以上に一番嫌いだったから。
 好きになりたかった。自分を心の底から好きになって、誇りに思いたかった。理想とは程遠いしょうもない自分を「こんなもんか」って笑って許したかった。夢を諦めても、「仕方ないか」って切り替えて社会に馴染むために頑張れる自分になりたかった。大人になることを受け入れて大人になりたかった。
 時計が昨日と同じ時間を指している。昨日と同じ時間を指しているのに、昨日と同じ私はいない。明日もきっと同じで、私とは違う私が同じ時間を指す時計と一緒にいる。大嫌いな自分がそこにいる。もう見たくない、惨めに生きる自分も変われない自分もこんなことを続けている自分も。
 だから、死にたくなる。同じ時間が来るたびに、カレンダーが一日進むたびに。明日も曖昧に生きている自分を殺してしまいたくなる。誰か、とすがってしまう自分を傷つける。一人で生きていくことができない自分を認めたくない。大人になれない自分の姿を見たくない。見るしかないのに、自分以外に見てくれる人なんてもういないのに。
 時計を見るたびに狂いそうになる。
 時計は今日と同じ時間を指している。私は生きている。まだ、

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