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蕪とお豆とお念仏

湖北の冬の風物詩「報恩講」

11月の末から1月にかけて、滋賀県では各地のお寺で催しが営まれる。親鸞聖人の祥月命日の時期に合わせその恩徳に報いるための法要で、「報恩講」という。

浄土真宗が広く根付く湖北地方ではそれこそいたるところでこの時期見られる冬の風物詩だ。この日は各檀家のお寺に門徒が集まり、親鸞聖人の伝承を記した『御伝鈔』を拝読したり、ごえんさん(ご住職)の講話を聞いたりする。

「お講汁」がソウルフード

報恩講は親鸞さん(親しみを込めて門徒はこう呼ぶ)への感謝を表す供養の場であるが、それがどんな行事であっても運営するのに食事はつきもの。この法要にて振舞割れるのが『お講汁』といわれる汁物である。お講汁は門徒達自身の手によって調理されこの日お寺に集う人々に供される。

振る舞われるのはお講汁だけではなく、各種鉢もの料理やおにぎりなど、各寺によってバラエティに富む。とりわけお講汁については十汁十色というべきか、各地各寺において多様な具材と味付けによって継承されているのがとても面白いのだ。
子供の頃、この報恩講の記憶といえば寒さもこれからというこの時期に、かっぽう着を着た村のご婦人方が忙しなく誰かれと入れ替わり立ち替わり寺の水場を行き来し、大きなお鍋にどっさりと切り出された蕪や大根が炊かれ良い香りと共にこれまた忙しなく本堂で待つ衆たちへと運ばれていく様が焼き付いている。子ども心には何がなされているのやら理解もしていなかったが、田舎の数少ない年中行事に人々が集うことは理由もなく楽しさを感じるのであった。
そして子供もこのお講汁を飲みながら年の瀬の気忙しさを感じるのである。

自分にとっては当たり前の報恩講の風景、当たり前のお講汁の具材が、大人になってからそれぞれ各地域により異なっているということを知り、郷土料理の風土の奥ゆかしさを知った。
ともかく自分にとっては我が村、我が寺のお講汁がソウルフードなのである。

うち豆文化圏と浄土真宗

お講汁ときっても切り離せないのが「うち豆」と呼ばれる大豆の保存食。このうち豆は、報恩講にとても重宝された食材なのである。

なにせ報恩講での振る舞いは、門徒の持ち寄りの食材も多く、多くの人々に振るわれるのに贅沢な食材は使えない。
なのでこの時期採れる大豆は安くて腹持ちもいい、栄養価も高い有難い食材なのである。

あれ、宗教行事の豆の汁……ヘルネケイト…。

ここへきてまたまたフィンランドとの共通項が。
「ヘルネケイト」の項にも書いたが、滋賀県湖北地方は米どころであると共に、豆類の収穫にも適した土壌であるらしい。一説によると黒豆で名高い丹波地方と同じくらいの良質な豆が収穫できるという。

うち豆は、各地方によっても作り方は多様であるが一般的には、軽く茹でた大豆を臼などにいれ、木槌で叩いて潰し平べたくする。そして乾燥させ保存する。
本調理の際には普通に大豆を茹でて戻すよりも時短調理出来るという。なんとも昔の人々の知恵には恐れ入る。

昔から大豆の収穫には事欠かない湖北地方で、うち豆は短時間で調理できる利点から、報恩講の際のお講汁の食材として地域に根付き郷土食として継承されてきたのである。

失われつつある地域の催事。

冬時分の報恩講、年明け早々の「おこない」と呼ばれる神事。秋口の燈明祭など。そういえば幼い頃、村中の人々が集い賑やかに催されていた様々な催事も時代の移ろいと生活様式の変化によって各種簡略化され形骸化しつつある。
報恩講もそのひとつといえる。鉢もの料理はお弁当にとって代わりお講汁も出ないお寺も多いという。したがって打ち豆を作る人は湖北地方でも今ではほとんどいなくなった。

「お講汁」を再構築し行事食から日常食へ

今では作られることも知る人も少なくなりつつあるお講汁に敬意を払いつつ報恩講でなくとも、また信心に関係なく地域の郷土食材に触れるきっかけになればと自分なりにアレンジしてみる。

蕪は適当な大きさに乱切りし皮ごと茹で柔らかくしてからペーストにする。スープという名のもとに若い人にも気軽に食べられるよう出汁の代わりに牛乳を足して、ザルで濾していく。生クリームも入れて濃度をつけ再び火にかける。戻した打ち豆を入れて昆布の効いた塩だれと田舎みそで味を整えればTRIP流オリジナル「お講汁」の完成である。蕪の味を生かすためにできるだけあっさりとした味付けにする。トッピングに乗せた浅漬けにした蕪の葉の塩味が全体のバランスを整えてくれる。精進料理としての意味合いを強く残したければ牛乳と生クリームではなく豆乳でも良いかもしれない。

フィンランドのヘルネイケイトしかり、週一回の断食の習慣はなくなっても、木曜日の豆のスープを食す習慣はまだ残っている。冬の厳しさに備え大豆は打たずとも暖かい優しい香りに包まれた蕪のスープを飲んで、自然に手を合わせたくなるのは自分だけではないように思う。




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