趣味の合う友達
大人になって友達を作るのが難しいと思っていた。
だけど、前から知り合いだった人の友達と、友達になることができた。
同性だったから本当の親友になれるかもしれないと思えるほどの友達だった。
彼とは趣味が合った。
テニス、F1、クルマ好き。あとは、マクロスΔの楽曲好き。
出会って2年くらいは毎週のように彼を含めてテニスをしていた。
そんな彼がテニスの時、背中が痛いから整骨院に行ったと言っていた。
自分も毎週テニスしてるから単に背中を痛めたくらいだろうと彼と同じように思っていた。
しかし、あんなにも毎週毎週やっていたテニスを何週も続けて休むようになった。
心配でならないから本当に背中のせいなのか彼にこっそりとチャットで聞いてみた。
「実は病院で検査したら肺がんではないかと言われた。病理検査の検査中で結果は来週出る。」
青天の霹靂とはこのことである。
聞いてはマズイことを聞いたと、瞬時に思った。後悔先に立たず。本当に言葉が出なかった。
彼と対面して聞いていたなら淡々と語る彼の顔を見ることができなかっただろう。
本当なら歯を食いしばって泣きたいところだろうがチャット越しでは顔の表情は分からない。無責任に大丈夫だよと励ますしかなかったことが本当に悔しかった。
そんな彼の告白を受けたのは自分が勤めていた会社を辞めた直後だった。自分も大変だったけど、彼より大変ではないと思って再就職先を探した。
再就職活動の合間、彼に会って体調を確かめておきたかった。
一緒の食事はファミレス。
平日の昼間だからかなり空いていた。空いていたせいで長くどうでも良い話しができた。彼も笑いながら話してくれてなんとか楽しい食事になっていた。病気なんてウソのようだった。
彼の最後の告白を聞くまでは。
「検査結果は肺がん確定」
と、彼のひと言によって重い空気で立ち上がることすら出来なかった。無言で対面するふたり。
「明後日から入院する」
と、彼から言われた。
入院当日、彼の運転で一緒に病院まで行った。クルマにはマクロスΔの曲が流れていた。
入院する彼とは病院に到着したところで直ぐ分かれた。一緒に病院まで行ったのは、病院の近くで買い物をしたかった、と言うのは言い訳で、彼と少しでも話しておきたかったからだ。
2日後、お見舞いに行った。
翌日は、自分の再就職の面接の日だったから、この会社の面接を受けるんだ、と説明して、彼も良かったね、と言ってくれた。
元気になると絶対に思っていたから、元気になったら連絡してと言って、持って行ったプリンをふたりで食べて笑いあって帰った。
後日親族に聞いたところ、入院して直ぐに転移が見つかっていたことがわかっていたと言う。お見舞いに行った時には、彼はもう自分自身が助からないと分かっていたのに、他人の再就職の可能性を喜んでくれた。自分の状況を差し置いてそんなことを言ってくれる友達はもうどこを探しても見つからないだろう。
唯一無二の存在を亡くしてしまった絶望感と虚無感をもう3年経とうしているのにこの暑い時期になると必ず思い出す。
入院中は元気になることを期待して1ヶ月、2ヶ月と心配しながらも、絶対に打ち勝ってくれると信じていたから連絡したくてもずっと待っていた。大変な時に面会なんて行くべきではないと自分に言い聞かせていたからだ。
しかし、後から思うと、そんなこと気にせずにお見舞いには行くべきだったと思った。
訃報を聞いたのは自分が再就職して直ぐだった。
通夜に招かれた。
信じられなかった。彼の通夜。気持ちが追いつかない。3年経った今でもまだ生きているように思えてならない。
テニスもF1も楽しめなくなった。
マクロスΔの曲を聴くと悲しくなる。でも、夏には聴くようにしている。彼を思い出してあげることで彼の生きた証を思い出せるような気がするからだ。
本当に悔しかっただろう。まだ若い。まだ30年は生きられたはずの歳だった。
彼が亡くなってから発表されたマクロスΔの曲がある。どうしても彼に聴かせたかった。今回の曲も良い曲だね、と一緒に話したかった。
彼と一緒にワルキューレのライブも行きたかった。
こんなに悲しんでマクロスΔの曲を聴いているのは自分くらいかもしれない。
もう3年。まだ3年。
何年経っても毎年思い出してやる。こんな友達はもう残りの人生では出来ないだろう。
彼を思い出しながらこの夏も、マクロスΔの曲を聴いて聴いて聴きまくる。
もう3年か。。
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