写真タイムが長すぎる

スマホで気楽に写真を撮れるようになった昨今、写真を撮ることの是非が語られる様になった。私は撮りたければ撮ればいいという立場だ。絶対にいかついスペックのカメラで上手な人が1枚撮ってシェアすればいいとは思いながらも、自分で撮ることの意味を否定したりはしない。パフォーマンスを見ながら写真を撮る行為に関しても同じくである。ただ、それによってパフォーマンスを中断される場合、その空白が長いとその時間私の頭には疑問符が浮かび続けている。そしてそれは撮る人に対してと言うよりは演者に対してベクトルが向いている。撮っている人におもねりすぎなのではと。撮影者全員が満足するまで待って、動いて、また写真タイムを設けて待っての繰り返しなんていう時間の使い方をしないで欲しい。無数のカメラマンなんて気にせず動き続けて欲しい。撮っている人はたくさんいる。誰かが上手くいってればそれでいいのではないか。

最近それを強く感じたのは政治家の記者会見だ。政党のボードを掲げて全方位にゆっくり向ける。只々シャッター音が鳴り響く情報量が0に近い時間なんて2秒で十分だ、それで上手く撮れないのはカメラマンの責任でしかない。

10/7

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