見出し画像

fall into…

※自己解釈による創作の物語であり公式の意図と異なる場合がございます。また、一部流血表現を含みます。

プロローグ

「また夢か…」
最近よく見る夢がある。
薄気味悪い古びた洋館の広間に佇む1人の少女。
僕は彼女の名を呼んで手を引き、ゆるやかな音楽と共に今日もゆっくりと歩き出す────。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


僕の話をしてみる。
高校2年生。男。趣味は特にない。帰宅部。
所謂どこにでもいる普通の男子高校生。
友達はそれなりにいるけど休み時間なんかは一人の方が気楽で好き。
教室の一番後ろ、窓際。席替えで運よく勝ち取ったその席で僕は今日も一人静かに窓からそよぐ初夏の風を感じる。
昼休みで雑然とする教室の片隅でけだるげに机に突っ伏しながら、ちらとあの子の姿に目をやる。

「かわいい」

そっと漏れ出た声を隠すように小さく咳払いをして僕は窓の外を眺めた。
今日も小さく柔らかで、友人とのやりとりに目を細めて可憐に笑う姿が愛おしい。
万人が目を引くような美人という訳でもないのだが、愛くるしい小動物のような彼女に僕はいつからか心を奪われるようになっていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そんな彼女が夢に出てくるようになったのはつい最近のことである。
夢の舞台はいつもバラバラで、いつも一人佇む彼女に僕が声をかけるところから始まる。
内容も様々で、休日に何処かへ出掛けていたり教室で他愛もない話を永遠としてみたり、かと思えば今朝みたいに非日常的な古びた洋館で彼女の手を引いている日もあってこれという統一性は見つからない。
しいて言えば、彼女と過ごす時間を何よりも切望する僕の願望が見せる夢、といったところだろう。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


騒がしかった蝉の声もいつしか聞こえなくなり、日の短さを感じるようになったとある日。

「僕のことだけを見て。」

ハッと目が覚めて痛い程に自覚してしまった。
あぁ、これが僕の本心か。と。
夢の中の僕は案外素直で、それでいて欲深い。
一度自覚をしてしまえば最後、夢を見るたびに欲求は加速度を増していく。
でもこの楽園を簡単に手放せるほど大人じゃなかった。

彼女を自分のものにするなんて現実の僕に出来やしないのに。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「———また夢か。」

目覚めた僕は今日も現実に打ちひしがれる。
夢ではあんなに楽しく話している彼女と目線すら合わない毎日。
いよいよ現実とのギャップに段々と耐え切れなくなってきた僕は彼女に会うために眠るようになった。

甘い甘い秘密の時間。
僕が願えば彼女はなんだって叶えてくれる。
この時間が永遠に続けばいいのに。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「――くん!」
遠くからあの子が僕の名前を呼ぶ声がする。
昼休みに教室で机に突っ伏していた僕はその声につられて飛び起きた。
…はいいものの、同時にそんな現実があるはずがないと肩を落とす。
悲しきかな、何度も何度も夢を見るうちに夢の中で夢と気付けるほどになってしまったようである。

見慣れた教室で繰り広げられるクラスメイト達の仮装。なるほど、今日はハロウィン仕様。
視線の先にはこちらを見て首をかしげるあの子がいる。いつもより視界がクリアな気もするけどきっと気のせい。
だってこれは夢なのだから。数えきれないほど僕が毎晩見てきた夢のひとつ。

ひとしきり脳内での問答を終えた僕は、もう何度もそうしてきたように彼女の名を呼びながら一歩ずつ近寄る。
某夢の国のプリンセスを模した仮装をする彼女はいつにも増してかわいい。お姫様みたいだ。
そんなことを考えながらするりとポケットに手を差し伸べて硬く冷たい感触を確認する。
僕の理想の世界なんだから1日くらい好き勝手しても許されるよね。
はっぴーはろうぃん。


────遠くで女子の悲鳴がこだまする。
先程までの和やかな様子とは打って変わって赤く染まった教室と左手にのしかかる重さがやけにリアルでなんだか高揚感にさえ包まれている。

僕の腕に納まった小さな君の唇にそっとキスを落として微笑みかける。

「やっと、僕だけのものになってくれたね。」






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?