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第10話『鬼』

星になった友達を探している……。
どういう意味なのだろう。
あれから俺は、気がつくとそのことばかりを考えていた。
ホリキタは、あの言葉を言ったあと、少しはにかんで、「なんてね」と言って、ペロリと舌を出した。
しかし、その笑顔は、寂しげだったように思う。
だから俺は、ホリキタの言葉を冗談だとは思えない。
——友達が、星になった。
そのままの意味で受け取るなら、ホリキタは、過去に友達を亡くしている、ということになるのだろうか……。
しかし、なぜ?
病気や事故だろうか。
それとも……?
ホリキタの持つ独特な雰囲気。
周りとは一線を画すような、達観した眼差し。
誰とも溶け合わないかのような、近寄りがたい口調。
そして、決して折れないような、芯の強さ。
ホリキタと俺とは同い年だ。
しかし、ホリキタの持つそういう雰囲気は、子供のものではないと思う。
だからと言って、大人のものでもない。
唯一無二の、ホリキタメイという存在。それが醸し出す雰囲気。
もしかすると、それは、星になったという友達と関係しているのかもしれない。
なんとなく、そう思った。
でも、その友達を探しているというのは、どういうことなのだろう。
その答えが、どうしても見つけられなかった。
かと言って、ホリキタ本人に聞けるわけもない。
俺は、もやもやとした気分を引きずったまま、月曜日を迎えた。

「よっす!」
マサルに肩を叩かれた。振り返ると、周りにはカズキとリキもいた。
「なんだよお前ら、珍しいな」
マサルとは、いつも待ち合わせて学校へ行っている。しかし、リキとカズキまでいるのは、ほとんどないことだ。
「大ニュース、聞いちまったからな! なー!?」
リキが大声で同意を促す。それに、マサルとカズキがこくこくと何度も頷いた。なぜか、皆一様にニヤけている。
「ニヤニヤすんなよ、気持ち悪い。で、大ニュースってなんだ?」
カズキが答える。
「それはハルトが一番よく知ってるはずだよねん」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつは。
もっとも、カズキは普段からよく分からない奴ではある。そこが面白いのだが。
「いやいやぁ、ハルも隅に置けないなぁ」
マサルが、ニヤニヤとしながら俺の腕をつついてくる。
それにつられて、リキは大声で「羨ましいなぁ、おい!」と、がなる。
「ああもう、鬱陶しいな!」
俺はマサルを振りほどく。
「冷たいなぁ。もはやアレか、男友達なんて知らん、てか?」
「意味分かんねぇよ」
「観念するのねん」
今度はカズキが絡んでくる。身をかわしたが、カズキは素早くそれに反応し、俺の腕にしがみついた。運動神経だけは、無駄にいい。
その隙に、マサルとリキも俺に絡みつく。
「だから、意味わかんねぇっての!!」
力任せに三人を突き飛ばした瞬間、突き飛ばされた三人は同時に「あ」と声を出した。そして、そのまま一点を見つめて硬直する。
その視線の先には、ホリキタがいた。
ホリキタは、お得意の冷めた目でこちらを見ている。
「なんだよ、ホリキタ」
「別に。キミたちって無駄に仲良いなと思って」
「イヤミか?」
「よく気付いたわね」
そう言うとホリキタは、「じゃ」と右手を挙げて去っていった。
それから少しの間、俺たちは沈黙したまま固まっていた。
しかし、マサルがその沈黙を破る。
「うおー! おい、見たかおい!! 見せつけられたぞ、おい!!!」
リキが続く。
「羨まし過ぎんだろおおおお!!!」
カズキが絡みつく。
「どこまでいってるのん? A? B? まさか……」
今度は三人の声がぴったりと合わさる。
「Cぃぃぃぃ?!!」
三人の興奮とは反対に、俺は非常に冷めた態度で接する。
「いや、なんだよそれ。意味分からんって言ったの聞こえなかったか?」
「照れるなよぉ〜」
三人の意味不明な悪ノリはまだ終わらない。
面倒臭くなった俺は、それを無視して先へ先へと歩いていった。
俺の背中に、マサルが声をかける。
「いや、マジか。マジで意味分かってねぇのか?」
立ち止まり、振り返る。
「全然。全く。これっぽっちも」
俺はありったけの不機嫌さを表現して答えた。その態度に、三人は顔を見合わせる。
「それなら……とりあえずコネ開いてみ?」
言われて俺は、プラネタリウムの後、一度もコネを開いてなかったことを思い出した。
「そういや、開いてなかったな……っと」
メニュー画面からコネを開く。
グループチャットのログがたまりにたまっていた。
それを開く。すると……。
「…………なんだこりゃ?!」
しばらく遡ると、そこには、俺とホリキタが二人でアイスコーヒーを飲んでいる写真が貼られていた。角度的に見て、おそらくシビック近くのファストフード店から撮られた写真だろう。
しかも写真は、ご丁寧に、ハートマークでデコレーションされている。
流石の俺でも、これで理解した。
「つまり何か、俺とホリキタが付き合ってるとか、そういう流れになってんだな?!」
三人は、物凄い勢いで首を縦に振った。
慌てて今度はログの字を追う。
するとそこには、ありとあらゆる言葉で俺とホリキタの仲を茶化すコメントが溢れかえっていた。
「……マジかよ……」
思わずつぶやいた。
なんて面倒臭いことになっているんだ。
とりあえず、弁解のコメントを入れる。
「勘違いだ! ホリキタと付き合ってなんかいねぇって!」
しかし、俺のコメントは、凄まじい勢いで、さらなる茶化しのコメントで流れてしまった。
……これはもう、何を言っても火に油という奴だったかもしれない。
俺は、三人に目を向ける。
きっと、とても情けない顔をしていたに違いない。
「俺、どうしたらいいんだろ……」
すると、マサルが俺の肩にポンと手を置いた。
「あきらめろ。いい思いした罰だ」
そう言って、「わーっはっはっは!」と笑った。

クラスにつくと、待ってましたと言わんばかりに、男子がわらわらと集まってきた。
そして、浴びせかけられる茶化しの数々。
女子は、そんな俺の様子を遠巻きに見ている。心なしか、その目は冷たい。しかも、その冷たさは、ホリキタの目ともまた違うものに感じた。
俺は、いたたまれなさを感じつつも、どうすることも出来ず、結局、その茶化しと眼差しの中、弁解を続けるしかなかった。
しかし、ホリキタが教室へ入って来た途端、男子達の茶化しは終了した。なんだかんだ言っても、皆、ホリキタには弱いらしい。
女子はどうだろう。
俺は、それとなく女子達を見回した。
すると、そこには、先程とは比べ物にならないほどの冷たさと嫌悪感を兼ね備えた眼差しがあった。
いや、憎悪とも言えるかもしれない。
俺はそこに、ただならぬものを感じる。
いくらホリキタが普段、他の女子達と絡まないのだとしても、ちょっとこれは異常だ。
ホリキタと彼女達の間に何かあるのか——?
そう言えば、と俺は思った。
最近、ノグチとホリキタの間がギクシャクしていたはずだ。とはいえ、ノグチはホリキタの親友。彼女はどんな目をしているのだろう。
俺はノグチを見た。

「——!!」

思わず、固まってしまう。
そこにあるノグチの表情は、俺の知るものではなく、まして、他の女子達のものとも違う。もっと、もっと複雑で、恐ろしいものだった。
眉間には、これ以上ないほどに溝が刻まれ、眉はつり上がっている。
目は赤く腫れ上がり、小鼻がぴくぴくと痙攣している。
口は奇妙に歪み、首筋には、うっすらと血管が浮いている。
歯だ。
歯を噛み締めているのだ。
普段のノグチからは全く想像出来ない、しかし、紛れもなくノグチであるそれ。
見たことがないほど恐ろしく、けれど、よく見知ったそれ。

それはまさしく、鬼だった。

俺はノグチから目を背け、ホリキタへと視線を移す。
ホリキタは、それら全ての視線を受けてなお——ノグチの鬼の表情を受けてなお——平然と歩いていく。

ぞくり。

背筋に寒いものを感じた。
何故……何故ホリキタは平然といられるのだ。
クラス中の女子からの憎悪を受け、それら全てを上回るほどの親友からの憎悪を受け、何故そうも平然としていられる……?
俺は、ノグチへ感じた以上の恐怖を、ホリキタへ感じていた。
そしてその恐怖は、俺だけではなく、クラス中の誰もが感じていた。

それ以降、俺とホリキタを茶化す言葉は、ぱったりと止んだ——。

放課後、俺はホリキタへコネを送った。
もちろん、ホリキタへ感じた恐怖は少しも薄らいでいない。
しかし、それ以上に、ホリキタと話をしなければならないという思いがあった。
「ホリキタ、お前、クラスの奴らと、何かあるのか?」
しばらく、返事は来なかった。
一時間ほど待ち、諦めて風呂にでも入ろうかと思った頃、やっと返事が来た。
「なんで?」
俺は、今日思ったことを素直に伝える。
また、しばらく待たされた。
ホリキタはアイサンでの文字入力が遅いが、理由は、それだけではないのだろう。
「そう……。さすがのキミも気付いたか——」
そこには、驚くべきことが書かれていた。
テステロの後、クラスの女子をはじめとする者達から恨まれ、様々な嫌がらせを受けていること。
そしてそれは、先輩や後輩にも波及しているらしいこと。
ノグチとの中がギクシャクしたのは、それをノグチが知ったからだろうということ。
そして——。

「アリサは、キミのことが好きなのよ」

知らなかった。
全く、気付きすらしなかった。
「だから、キミは天然モノなの」
ホリキタはそう言って茶化したが、俺は笑えなかった。
俺が鈍感なのは認める。
しかし、流石の俺でもこれで分かった。
今日のノグチの表情の理由。それは、俺にあるのだと言うことが。
つまり、俺が鈍感だったからこそ、ノグチは鬼になってしまったということ——。
俺は、己の鈍感さを悔いた。
しかし、ホリキタは言った。
「ううん、それは、キミが気にすることじゃない。そもそも、アリサが断った時点で、アタシからキャンセルすべきだったのよ」
確かに、それは一理ある。
ホリキタがプラネタリウムへ行くことを断念していれば、あの写真が撮られることはなかっただろう。
でも、ホリキタはそうしなかった。
ホリキタは、頭のいい奴だ。だからきっと、今回のことだって、予見出来たに違いない。
それでもホリキタは、そうしなかった。
それは、何故なのか。
「その理由は——言いたくない、かな。……ううん、やっぱり、自分でも、まだよく分からないのよ」
ホリキタは、そう言った。
「まだよく分からない」ということは、いつか分かる日が来るのだろうか。
「分かったら、教えてくれるか?」
「多分、ね」
俺はそこでこの話を切り上げた。話題を今日の事へと戻す。
「もう一つ訊きたいんだけど、いいか?」
「うん」
俺は、今日、最も気になったことを尋ねた。
何故、ああも平然としていられたのか。
「前にも、同じようなことがあったから」
同じようなこと——?
それは何なのだ。
返事を待つ。
その返事が返って来るまでには、これまでで最も時間がかかった。
返事が返って来た頃には、日付が変わっていた。
「アタシの口からは言いたくない。でも、気になるなら調べて」
そして送られてきた、一つの単語。

「私立御法川小学校」

俺はその言葉を、検索窓に打ち込んだ——。

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