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Falling jimmy.

人は、誰しも才能を持っている。
だから、一人一人が、大事な大事なオンリーワンだ。
俺の小学校生活最後の年を受け持った教諭が、そんなことを言っていた。
確か、あの当時流行っていた歌にも、似たようなフレーズがあったような気がする。
あるいは、そのフレーズから頂戴した言葉だったのか。
とにかく、そんなことを言った教諭がいた。
今となっては、まったくもってその通りだと納得できる言葉だが、当時の俺には、その言葉は全く信じられるものじゃなかった。
なにせ、その頃の俺は、何をしてもぱっとせず、誰からも相手にされない、そんな人間だったのだ。
いつも一人で何かをしていて、だというのに、誰も気にとめない。
「失礼します」と職員室に入っていっても、どの教諭も振り返らない。
ドッヂボールをすれば、棒立ちしているだけで最後まで生き残る。
挙句の果てには、卒業式の日、「一人一人が大事な大事なオンリーワンだ」と涙ながらに語った、まさにその教諭が、卒業式のハイライトである、卒業証書授与の際に、俺の名前を呼び忘れた。
しかも、ご丁寧に、そのことについて、誰も気付かなかった。
それくらい、俺はぱっとしない奴だった。

――それは、今でも変わらないが。

しかし、今なら断言できる。
人は、誰しも才能を持っている、と。
当時の俺は、それに気づいていなかっただけだ。
俺にはあったのだ。
誰にも真似できない、とてつもない才能が。

それに気づいたのは、中学生時代の夏だった。
その日、俺は猛烈な腹痛に見舞われ、授業まるまる一時限分をトイレのなかで過ごした。
そして、ようやく腹痛が収まり、教室に戻ると、そこには、信じられない光景が広がっていたのである。
まず、教室の中に女子しかいない。
言っておくが、もちろん、俺のいた学校は共学で、そして、俺のクラスはどちらかと言えば男子の方が多かった。
で、あるのに。
教室を埋め尽くしていたのは、女子、女子、女子。
それはまさしく、女子の壁だった。
いや、正直に言い換えよう。
それは、女子の壁だなんて生温いものじゃなかった。
そう、それは、おっぱいの壁だった。
教室中を埋め尽くしていた女子たちは、軒並み裸、あるいは、半裸だったのである。
俺は、頭が真っ白になった。
なんなんだ、この状況は。
そして次に、「やばい」と思った。
今、誰かに叫ばれでもしたら、俺は職員室行きだ。
覗きの現行犯。
いや、覗きどころか、ガン見の現行犯だ。
間違いなく、終わる。何かが。
そう思い、そして、同時に、これから沸き上がるであろう悲鳴や奇声、怒号を想像し、硬直した。
しかし、その想像は大きく覆された。
悲鳴や奇声をあげるどころか、誰も、何も言わなかったのである。
だから、もちろん、怒号をあげる者もいない。
と、いうか。
そもそも、誰も俺を気にしていない。
皆、俺を気にするどころか、昨日のテレビはどうだったとか、誰々ちゃんは大きいね。いや、誰々ちゃんこそ、なんて会話をしながら、平然と服を脱ぎ、たたみ、そして、水着に着替えている。
俺の目の前で。
中には、確実に俺と目があっただろうと思える娘もいた。
思わず、「やあ」と声をかけそうになったくらいだ。
そして、そこへ至り、ようやく俺は事の次第を飲み込んだ。
「ああ、そうか。次は水泳の授業だ」
いやいや、そうじゃない。
そうだけれど、そうじゃない。もっと、大事なことに思い至ったのである。

「誰も、俺に気づいていない?」

これだけの状況であるのに、誰も俺を気にしないということは、つまり、そういうことなはずだ。
ならば、気づかれる前に教室を去ろうとするのが普通だ。
しかし、俺は大胆な行動に出た。
教室を去るどころか、一歩踏み込んだのである。
思わず、頭の中に、ガガーリンだか、アームストロングだかが言った有名な言葉が浮かんだ。
その言葉をつぶやきながら、一歩教室へと踏み込み、そのまま、まっすぐ教壇まで、おっぱいの壁の中を突き進んだ。
そして、俺は教壇の上に立ち、「やあ」と手を挙げた。
返ってきたのは、気持ちいいくらいの無反応。
俺は、確信した。
誰も、俺に、気付かない。
決して。

それから時が経ち、今、俺はその才能を活かした仕事をしている。
誰かにとって都合の悪い誰かや、企業の代表、裏社会の首領、政府要人。
そういった奴らを消す仕事。
そう、月並みな表現をすれば、暗殺者ってやつだ。
しかも、腕前はナンバーワン。
俺ならば、白昼堂々、衆人観衆の中で、あの大国の大統領すらナイフ一本で始末出来るだろう。
おそらく、暗殺史上最も大胆で、かつ、最も目立たない暗殺者。
それが、俺だ。
自信に満ちあふれ、順風満帆。
それでいて、誰の気にもとめられない。
まさに、最高の暗殺者。

――でも、だからこそ、気づくべきだった。
最高の暗殺者だからこそ、俺もまた、狙われていたのだ。
今となっては、もう遅い。
腹の裂け目からこぼれ落ちた、真っ赤な腸を見つめながら思う。
もっと、警戒するべきだったと。
そして同時に、なぜ、今ここでなのだと。
平日昼の渋谷。
かの有名なスクランブル交差点のど真ん中。
目立つか目立たないかで言えば、確実に前者。
暗殺に適しているか否かで言えば、確実に後者。
殺す場所としては、下の下。
だからこそ、警戒がゆるかったのだ。
白昼堂々、衆人観衆の中、自分を殺す者はいないと。
そんなことが出来るのは、自分しかないないと。
暗殺者は、もういない。
この群衆に紛れ、どこかへ行ってしまった。

詰めが甘い。

俺はまだ、生きている。
腸はこぼれているが、それは小さな問題だ。
死ぬほど痛いが、声は、出る。
助けは呼べる。
腹に力を込めて、声を出す。
「きゅー、き、ゅしゃを……」
駄目だ、上手く腹に力がこもらない。
おまけに、腹から下の感覚が麻痺してきた。
崩れ落ちるように、地面に膝をつき、うずくまる。
もう声を出すこともできない。
とはいえ、この群集の中、これだけの大怪我をした者がいるのだ。
助けを呼ぶまでもなく、誰かが気付いて助けてくれるだろう。
そう、思った。
しかし、誰も声をかけようとしない。
腸をこぼした男がいるというのに、悲鳴すら上がらない。
それどころか、皆、俺に気付かぬ様子で、通り過ぎていく。
だんだんと、頭の中が白く染まっていく。
「やばい」と思った時には、体を横たえていた。
目が霞み、体中の力が抜けていく。
朧気になっていく意識の中で、俺は、やっとそのことに気がついた。
そうだったな。
これが、俺の、才能、だった——。

あとがきのようなもの

『Offline hearts.』第11話がまだ少しかかりそうなので、過去作でお目汚し企画!
そんなわけで、数年前に書いた短編です。
テーマは、「短所は長所で、長所は短所」。
タイトルは、棒腹ペコバンドの曲から頂きました。
いやしかし、こんな能力持ってるのに、どうやって依頼とか受けてんですかね、この主人公(笑)

#cakesコンテスト

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