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何もそこまで。

 出来心であった。

魔が刺した。という言葉が全く正しい。
元々金子はそんな大それたことのできる人間ではなかったのだ。

だから、スーパーで小さなお菓子を一つ盗むことにも
自分をはっきり納得させるための理由が必要だった。

「だから、出来心だから。僕は、そんな、魔が刺しただけで。」


夜の公園の前を、人通りのないその暗闇と街灯が織りなす都会的な孤独を心象に強くなすりつける景色の中で、金子はそう言って自分を納得させていた。
盗んだ小さなお菓子は、手汗でパッケージがぐしょぐしょになる程握り潰されて中身も潰れている。金子はお菓子が欲しかったのではない。
ただ衝動的に、万引きという行為に走ってしまっただけなのだ。

そして、ただ有り体に言えばそれに快楽を覚えてしまっただけだ。

公園を通り過ぎると、広い道に出る。
マンションが背中を向ける大きな道は、しかしひと気がない。
一つ向こうの通りにはそれでもまだ幾らかの車通りがあるにせよ
この道はいわゆる閑静な住宅街に続く道であるため、こんな夜には人も歩かない道になる。

金子はその道から細く路地に食い込んだ場所にある大きな木が好きだった。
御神木、というようなものなのかどうかはわからないが、しかし祠がたててあり金子が小さな頃からそこにずっと立って、周りの景色がどれほどまでにかわろうとも頑なにその木だけはそこにそびえ立っていた。

金子はしかしその夜だけは、どうしてもその木に顔を向けられなかった。
後ろめたさがそうさせるのだろうが、しかし金子の背徳感は快楽を助長させた。


その瞬間のことだった。


暗くて、人通りのない道にきらりとした鈴の音がした。
夏の、暑い夜だった。
金子は一瞬ビクウッ!!!っと飛び上がり、少しずれたメガネを手で直すこともできずにその場に硬直した。


「お・・・・お化けかもしれない。。。」


冗談も何も抜きで、金子はそう思って
Tシャツの背中が汗でびっしょり寒いくらいに濡れていることに気がついた。

はあっ・・・はぁっ・・・・


息が荒く漏れる。



「チリー・・・・ン」


涼やかな音はどこかの家のベランダにぶら下がった風鈴のような音色にも聞こえたが聴き間違えるわけもなく、音は近づいてきていた。



「あああっ・・・・!!!!はあっ・・はあっ・・・!!!」


金子が声を上げて胸を掻き毟って呼吸を乱す。

次は間違いなく、、、、。


「チリー・・・ン・・・・」


耳元で鈴の音が聞こえた。


もう金子はその人通りすらない広い車道の真ん中で、
心臓が止まりそうに狼狽た。


ブーン・・・と向こう側に見える表通りに、一台車が呑気に走り抜けた。


瞬間。


「いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに言ってやろ。」


あどけない、可愛い声が目の前に回り込んだ。

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