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雨の合間に。

scene1

 外では雨が降っていた。山の奥深い中で、サアサアと木々を打つ雨音が
まるでその殺伐とした雰囲気を宥めるように、ずっと鳴り続いていた。

顔に傷のある壮年の男が、深く息をつく。
神妙な空気の中で、いくつか距離のある先に座っている顔の綺麗な女をやるせないような表情で眺めていた。
男はその美しい顔に、そして闇を湛えた瞳に、いくつもの思いを伝えてきた。

しかし、その思いは踏みにじられた。


  出会いは、女がまだ小さなころだ。
身寄りのない少女は近くの保護施設に引き取られ、
そこで本当ならば真っ当な人間にはなれなくとも、
それでもそれに憧れ、そのように育つことを期待されるべきだった。

がしかし、彼女はそれを望まなかった。
何度連れ戻されようと施設を飛び出して
誰もいないはずの山をのぼり、自分が生きるべきと信じた山の中に入っていった。
まるで少女は、誰も知らないその「道場」の場所を知っていたかのように、
門の前に立ってじっと中を睨んでいた。まだ、小学生にも上がらない頃だ。
運命というべきなのか、男には彼女が選んでこの道を進もうというのならば、それを拒否することはできないと彼女のことを受け入れた。

まるで乾いたスポンジのように、彼女は男のいうことをよく聞いて、先に入門していた門下生たちとうまくやった。
あまりに幼い彼女を、周りの人間はよく可愛がった。
男の胸には、これが普通の寺院であればどれだけこの子にとって良かっただろう。という思いが深く、何度も去来した。
しかし現実はあまりに残酷であり、男は古来から続く日本の核の部分を担う殺人武術「龍頭」の師範であった。

「龍頭」は何度もこの日本が憂き目に会う時、
または国難を回避しなくてはならない時に動いてきた。
国の根幹が揺らぐ時には自国民でさえ殺めた。
それが龍頭としてのこの国における役割だったからだ。

幹部はあらゆる格闘術を学び、どこにでも潜入できる学力を有する。
ただ暴力的なだけではなく、理知的でなくてはならない。
彼女が15歳になる頃にはもうすでに国立大学を主席で卒業できる程度の学力を身につけていたし、
同年代の子供たちには到底見受けられない思慮深さや、
例えば柔道や空手のインターハイに出ても全く危なげなく優勝することのできる実力を軽く有していた。
それほど、彼女は見事な門下生だった。

男はそして彼女に「人の壊し方」を教えた。

彼女は目の色を変えてその様々な殺人術を飲み込んでいった。
あくなき探究心とはまさにこのことだと思ったほどだ。
そして彼女には市販でさえ手に負えないほどだと思うような才能があった。

彼女は寝る間も惜しみ、教わった格闘術や殺人術を隅から隅まで書き込んだノートに何かを書き込み続けていた。
そして三年がすぎた頃、彼女には誰にも言えない秘密を隠していた。

scene2

 少年は塾から帰る夜の道すがらを急いでいた。
10時からのテレビをもう一週間も前から楽しみにしていた。
小さな川が流れる側の道を、学生鞄を下げて帰る少年は高校受験を控えた中学生だ。
スタッ・・・と、木の上から誰かが飛び降りて着地した音に、しかし彼は気がつかなかった。
この暗い道を抜ければ車通りのある道に出る。
少し気味の悪いこの人通りも車通りもない道は、しかし朝と夕には小学生が通学路に使っている。
見上げれば星が綺麗で、少年は少し立ち止まって深呼吸をした。
まだ始まったばかりの人生はあまりにも慌ただしく、生き急いでいる。

そして、見上げていた星の空が何かに覆われるように暗くなったのを少年は認めた。

「えっ・・・。」

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