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迷い道くねくね。1

 康太は夜の中を彷徨っていた。
「自殺する場所」はどこか、と彷徨っていた。

世の中を見渡せば景気は悪いしこれから上がる見込みもない。
目の前を行き交う人たちの顔に生気はない。
こんな社会に希望を見出すのは、無理だ。

そう感じ始めて、ほとんど間も無くあらゆることが無理になった。
朝起きて会社に行くのも、電車に乗るのも、誰かと挨拶を交わすことも。
みんなみんな薄皮一枚向こうにある絶望を見て見ないフリをしているのだ。

そんな嘘や偽りの世界に向ける笑顔など持ち合わせていない。
生きるにギリギリの給料で、自分の人生を切り売りして
いざとなれば平気で使い捨てにされる。
誰も責任を取ってはくれない。
この人生に、一体どんな意味があるというのだ。

康太はもういても立ってもいられず、この世界の、この仕組みへの苛立ちを起点にして自分の人生を断ち切ろうと思い立った。
それはここ最近で一番清々しい決断だったかもしれない。
きっと貯金が尽きて家賃が引き落とされなくなれば誰かが見つけるだろうと家のテーブルに遺書を置いて、いつも通りの気軽な格好で外に出た。

アパートのドアを開けたときに見えた大きな夕日が、まるで天国への扉のように感じられて一層気分が良かった。
このグロテスクな社会にお別れを告げてやる。という、決別の意志は今から死のうというのになかなか、その足取りを軽くさせた。

電車に乗ってしばらく揺られて見た。
あまり来たことのない場所まで来ると、知らない街並みが心を沸き立たせた。この街に住んでいたら、自分の人生はどうだっただろう。
そんなことを考えるにワクワクもするが一瞬後には暗澹たる自分の思考由来の言葉がその心のワクワクを潰す。どうせこの街にも希望はない。たかが隣町くらいの距離で世界が大きく変わるなんてあり得ないだろう。

そんな気分でいると、やはり康太の目の前に立ったサラリーマンは強烈に疲弊していてその顔はもう土気色をしていた。自分のたった10年後の未来はこうでしかない。と思うとやはり生きる気力はなかった。

最果ての駅まで来た。
もうすっかりと日は暮れて、お腹が空いたと思ったので駅の近くの定食屋に入った。もう死のうというのに持っていても仕方のないお金をたくさん使って豪華な晩ごはんを食べて見た。

「お客さん、羽振りいいのね。」
女将さんがそう言って嬉しそうに微笑んだのを見て、
「ええ、そうなんですよ。」と答えた自分の声は自分でもびっくりするくらい中身のない声だった。

最後の晩餐、か。

一尾2000円もするエビフライをガリガリと食べながら、その味気ない最後の晩餐を途中で切り上げた。

お腹はいっぱいになったが、心は空虚だ。
まあ、死ぬ時というのはそうなのだろう。康太は、ため息のような音を出してまた歩き出した。

そういえば、この辺りには心霊スポットと言われる場所があったはずだ。

康太はふとそんなことを思い出して携帯を出してみる。
いつもの癖で充電を100%にしているのを見て、ハハハと笑った。
もう誰とも繋がりたくないくせに、と思っていると目の端が滲んでくるような気がしてかぶりを振った。

調べてみると、「優雅の森」という場所が山の中にありそこでは毎年行方不明者が続出するというそんな噂があった。

「へえ。じゃあ俺もそこへ行って行方不明になるとするか。」

康太は登山道を見つけ出して山の中へ入っていった。
夜の山、恐ろしくくらいその場所を
もしかすると人生をやっていこうという希望に満ちた頃ならば怖いと感じたのかもしれないが、人生に対して見切りをつけて、今にも死のうとする康太には心地よく感じられた。

ざわめく木々の音。
まだ暑くも寒くもないいい季節の夜の風が、草木の少し湿り気を帯びた匂いを沸き立たせる。

すうっと胸に吸い込む夜気の心地よさはやたら穏やかな自分の気持ちとシンクロする。

しばらく登ると、ネットで見た優雅の森の入り口のサインである少し大きな石の灯篭がポツンと立っていた。

「ここか。」

少しだけ息を乱して、康太はそう独り言を呟いた。
そしてその灯篭にポンと手をおいた。

瞬間のことだった。

ぶんっ

とまるで世界が更新されたような音がして、
目を開けた康太の視界は白い、どこまでも続く平面の世界だった。

「わっ・・・なんだこれっ・・・・。。。」

その驚きは新鮮なもので、康太は久しぶりに怖いと思った。
「え・・・俺死んだの?いきなり死んだ?」
後ろを向いても前を向いても、もちろん横を向いても真っ白な空間がどこまでも続いていくばかり。

「まだ死んでないけどね。」
誰かの声がかなり至近距離で聞こえて、康太ははっと振り返った。
今見たときは絶対誰もいなかった場所に、白い布をざっくり身に纏った女の子が立っていた。

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