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白い部屋と女。

 俺がこの「部屋」にきて、多分まだそれほどの時間は経過していない。
しかし俺にはそれをはっきりと理解することができない。
いくつもの呻き声、泣き叫ぶ声。荒い息遣い。荒廃した心と、絶望感。
そんなものがいつもこの部屋には溢れている。

息苦しく思う。

気温は管理されて、決して不快感があるわけではないが。それでもこの部屋は息苦しい。

あれはほんの数週間前だったか。
俺は勤めていた会社の重役の目に留まって、
『知り合いのご令嬢』という女と見合いをすることになった。
はっきり言ってしまえば俺には好きな女がいたし、
たまたま重役からのお声がけをいただいたから応じたけれど、
きちんと筋を通して断るつもりだった。

言われた通りの日にちに、仕事終わり自分では決して入ろうと思わない料亭の一室にスーツのまま俺は連れて行かれた。
冴えない天気が往来するまだ暑くもない季節の、なんでもない1日だった。
それほど広くないが豪華な座敷に通されて、目の前にした彼女は俺の目が眩むほどの美人だった。
セミロングの髪の毛は綺麗に手入れされていて、重役の知り合いの娘、だそうだがそんな親の伝手がなければ男と巡り合えないような見た目には見えなかった。
むしろ、こんな女がその辺にいたら男は放って置かないはずだ。

彼女は俺の顔を見るなり、「あ、こんにちは。麗奈、森山麗奈っていいます。」と、ひどく愛想よく挨拶をした。
俺も自分の名前を名乗って、彼女の明るいブラウンの瞳がこちらを覗き込んでいるのを見返した。
「すまないね、今日は。」重役が居心地悪そうにそういうと、この件に関して自分の仕事は果たしたよ。と彼女に目配せをするように、
なぜか、バツが悪そうな顔色でそそくさとその部屋を後にした。

急に二人にされてしまって困るのは、俺だし。彼女だろう。
ソワソワと落ち着かない俺に対して、すごく綺麗な顔立ちの彼女は落ち着き払ってにっこりと俺を見ている。
「あの、本当にすみませんでした。お呼び立てしてしまって。」
彼女は料理が運ばれてくるよりも先に、俺にそう謝った。
「あ、いや、そんな。全然大丈夫ですよ。」
俺は彼女のあまりにも丁寧な言葉や所作に気圧されるようにしてそう答えた。
彼女は俺の言葉を受けて、なんの嫌味もなく、にっこりと微笑んだ綺麗な顔で「ありがとうございます。」と受けあった。
彼女はとても丁寧で、上品な女の子だった。
「そういえば、これはどういう会なの?」
彼女がニコニコとその容姿の高貴さに似つかわしくない親しみやすさでそこにいるものだから、俺も少しは気を抜いて彼女にそう問いかけた。
もう目の前には豪華な料理が並んでいた。
「あの、実は前にお見かけしたことがあって。。。それで、どうしてもお近づきになりたい!って思って。父を通して、つないでもらったんです。。」
彼女は最後の方には俯き加減に恥じらいを見せながら、そう言葉をしりすぼみに着地させた。

「あ・・・そうなんだ。」
俺が面食らいながらも、そう返すと

「だから、何ていうか・・・。めっちゃ力技の逆ナンっていうか。。。」

彼女は俺の方を上目遣いに見遣りながら、そう言ってクスッと笑った。

微笑みはとても輝いて見えた。

気がつけば俺と麗奈は意気投合していた。
まるで生きる世界が違っていたが、それでもお互いの話を興味深く聴いたし
もっと彼女のことが知りたくなっていた。出会ってから、まだ二時間も経っていないが、
俺は麗奈に興味が湧いていた。上司からの紹介のお見合いという堅苦しさからは無縁の関係を築けそうだと思った。

「明日は休みですか?」
聞けばまだ大学生だという麗奈は少しお酒も入って頬を赤らめつつ俺にそう聞いた。
「うん、そうだね。明日は休みだよ。」金曜日の夜。これほどまでにすんなりと意気投合することのできた若い男と女が行き着く先といえば、もうそれしかない。
「いま一人暮らししてるんですよ。おうち広いから、見にきません?」
彼女はお酒の入ったコップを覗き込みながら、少し恥ずかしそうに俺にそう誘い水をかけた。
俺は「へえ、広い家はいいよなあ。是非見にいきたいよ。」と下心の上にあぐらをかいて、彼女の言葉に受けあった。

タクシーで走ること20分ほど。
郊外の少し高級な雰囲気のする住宅街に彼女の家があった。
タクシーの運転手は「もう、お代は頂いております」と最初からメーターを倒しもしなかった。

そしてそれは確かに、それは大学生が一人で暮らすにはあまりにも大きい一軒家だった。
月が、取り留めもない夜にぶら下がっていて、俺の必死に生み出す労働の対価というものの小ささを嘲り笑っていた。
俺がたとえ一生気張って働いてもおそらく手の届かない大きな家。
それを彼女はもうその手にしている。もちろん、親の力によるところだろうが
だからと言って彼女の力ではないとはいえない。持って生まれた星の下、というものもまた力のうちだろう。

「わあ、、なんか凹んじゃうな。。」
俺がその大きな家を見上げて独り言をいうと、彼女は
「私はもっと、普通のおうちがいいんだけどな。」と、独り言のように返してきた。
夜の風が彼女のロングスカートと、気取らないパーカーのフードを柔らかく嗜めていた。
彼女の甘い匂いが風に乗って俺を撫でていた。
大きな門の前にはセキュリティシステムが張り付いていて、家に入るまでに3箇所のチェックを彼女は通り抜けた。
「番号覚えるのも大変なんですから。」彼女はそう言って笑ったが、確かに。このくらいしなければ広い家に一人で住むことはかえって物騒なのかもしれない。と俺は思った。

玄関を開けるとそこは吹き抜けの美しい作りのロビーだった。
上からぶら下がる長くて大きいシャンデリアはキラキラと輝いていて、実に「らしい」アイテムだった。
「うわあ、豪華だね。」俺がそういうと彼女は別に、と心底興味なさそうに呟いて「こっちきてください!」と俺の袖を引っ張った。

違和感を覚えたのは、多分その時が初めてだった。

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