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ロマンティック。

 限界だった。

もう無理だろうな。というのがはっきりしている。
これは周りの人間がなんと言おうと自分の感覚として
あまりにも、はっきりしている。
酷と言ってさえいい。

もう限界だった。

柔道という競技において、
僕はもう今ピークを過ぎた実感があった。
最後のインターハイには出場できたが、しかしそれまでだ。
日本には自分より強い人がゴロゴロいる。
どう考えても勝てないだろうな。と思う相手にも当たった。
一応全国に出れた選手として、大学でも先を模索しつつやって
うっすらぼんやり地元でどこか中学か高校の教師をやりつつ柔道部の監督をして、関わりつつ自分のレベルに見合った人生を展開していくのが
現状最もリアリティのある将来だ。

そして、もう一つ問題がある。

限界ではあったが、
僕はそんな地味な人生を受け入れるつもりがなかった。

だから、いろんな人生を様々な角度で検証し、
試し、シミュレーションをするために。
あらゆる可能性に触れるために、僕は地元から遠く離れたこの大学にやってきた。

活気と期待に満ちたあたらしい世界。
高校の時に感じていた閉塞感とさよならをして、
この青々と晴れ渡った空のような開放感を享受する。
広くてとても隅々までを見渡すことのできないようなキャンパス。
ここには、ただ柔道にばかり打ち込んでいた自分が見逃していたありとあらゆる可能性があるような気がした。

そして何より、これまでの人生の中に出てきた顔が一つもない、
一人も知り合いのいないこの環境が「新しい自分」を作るのに最も適していると思えた。

「部活は、何をしようかな。」
見れば見るほど新鮮な世界に目を凝らしながら、
人がたくさん行き交う希望に満ちたキャンパスを歩きながら、そんなことを独りごちた。

正直、この大学の柔道部はそれほど強くない。
全国レベルの選手もいないし、そもそもがそんなことを目指していない楽しい部活動だ。それはそれでよかった。でも、きっと僕はそれを望んでいない。

でも同時に、自分が何を望んでいるかを理解できていない。

人生で初めての、何を始めてもいい、というこの状況は少し僕を不安にさせたがとてもワクワクしていた。

そんな時、部活棟の外壁にデカデカと「格闘技部!」と書かれたポスターを発見した。
びゅっ・・・っとまだ肌寒い風が吹いて、そのポスターに光沢を与える。
僕は目を上げたまま、それを呆然と見上げ、
ああ、これはアリかもしれない。
と、単純に思った。
そして不思議なことに、そのポスターを見上げているのはそのキャンパスにいる中で自分一人くらいしかいなさそうだった。

「あ・・・あの、見学したいんですけど・・・・。」

僕は気付けば部活棟の二階に登り、格闘技部、という漠然とした看板がかかっているその扉を開けた。
和風の木造りの引き戸はカラカラと音を立てて開いた。
道場独特な匂いが漂ってきて、僕は一瞬、柔道部のことを思い出した。
が、そこに畳はなく、代わりにレスリングで使うようなマットが一面に敷いてあった。柔道部で言うと試合場二面分ほど。広大と言うわけではないが、しっかりと広い。

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