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あの頃僕らは若かった。

僕、こと秋元裕司は今日という日を楽しみにしていた。
8年ぶりに高校の頃の同級生との再会というかなりナイスなイベントが差し迫っているからであり、社会の荒波に揉まれ始めて早4年、これまでの人生で培った様々な矜持をもってあの頃の仲間と会うというのはどういう感覚なのだろうという好奇心と、何も小細工なしに楽しみであるという両面において嘘はなく、何しろこんなに独り言を言うくらいだから心の中のかなりの分量を今日のイベントに割いているのが自分でもわかる。今日の僕は饒舌だ。

午後7時、駅からほどなく近い大きめの居酒屋の座敷に僕らは居た。

見渡す限り懐かしい面影の居並ぶその風景というのは僕にとって青春以外の何物でもなく、あの頃、というくくりで話して突き放すにはあまりにもリアリティのある現在進行形の青春がそこにはあった。

「なっつかしいなあ!秋元!!」
という声が聞こえる。まだ、懐かしいというには十分な時間が過ぎていないとも言えるが、確かにそう言って微笑みかける面々はなるほど懐かしいという感情を想起させる。

「ああ、久しぶりだなあ!」

自然と声も高くなるというものだ。

「眠りの秋元だ!」

という声がどこからともなく聞こえて、
僕はあはは、と愛想笑いを顔に浮かべた。
どこかで聞いたことのある、特徴的なフレーズだが、
さてはてなんのことだったかさっぱりと思い出すことができない。
授業中にそんな特徴的に寝続けたことがあっただろうか。
いや、覚えがない。

僕らは一杯目の乾杯を盛大に済ませた。

様々な思い出話がそこら中で花咲いている。
3年時のクラスメイトが集まっていて、
ぱっと見だけでは誰だったか思い出せない顔もそこいらにある。
懐かしいというよりも新鮮な気持ちで接することができる。

何人もの人間が僕のもとを訪れてあんなことがあった、こんなことがあった、と話をしてくれた。

でも、何かがおかしい。

何か、もっと感じないといけない感情が心の隅でわだかまっているような、
それが視界に入ったり消えたりしている不快感がモヤついている。
なんだろう、これは、変だ。

その時にある女と目が合った。

その子は、少し前から僕のことを見ていて、
なんだろうなとは思っていたけど気にしなかった。
だけど目が合った途端に、不思議とずっと鍵をしていた記憶の扉が音を立てて開いて、全てを思い出した。あんなにも、大きな出来事だったのに、
自分の心を守るために記憶を封印したのだろうか。
人間というのは不思議だと思う。

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