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火風。

 失意。

それが俺の人生を覆い尽くすたった一つのテーマだった。

空は青く、風は涼しく。
仕事はそれなりに順調で、でも家族はいない。
つまり男一人の気ままな人生だ。

友人、と呼ぶべき相手からは
「相葉、お前気楽でいいよな。」
と、声をかけられる。
実際、それはそうだろう。
何を失っても、何を得ても、
俺は俺一人でしかないのだから。

「なんかさあ、順風満帆っていうか。お前見てると羨ましいよ。俺なんか20で子供できて結婚しちまっただろー?もうそこで人生上がりだもん。まだまだ遊びたい24歳なんだけど、もう責任とか色々でがんじがらめだよ。仕事もやめられないしさあ。やっぱ、一人が楽だよなあ。」

大石、という男は今の仕事の同僚だ。
同い年、ということもあってよく話しかけてくる。

しみじみと自分の人生に酔ったように語りかけてくる。
こいつにとって、遊べない、ということがどれほど大きな問題なのだろう。
俺はそんな話を聞くにつけて、なんて幸せな男なんだろうか。と大石を羨ましく思う。

俺にとって人生とは、そういう人間のおよそ一般的な幸せなどには手の届かないものだ。いつも積み上げた関係性や自分を含んで成長した社会などというものを壊される。

その破壊の中で俺は、あまりにも無力なのだ。

「まあ、そんなわけでな相葉。そうそう一緒に飲みにいったりできないが、たまには俺の家にも遊びに来てくれよ。」

ああ、そんなことを言わないでくれ、大石。
この人生のあらゆる側面を気に入らないまま、
不貞腐れさせておいてほしい。

俺は曖昧な返答を投げ返して、会話をやめようとした。

いつもこうだ。

もしかすると自分の人生を取り巻く呪詛のような、逃れられない呪いのようなものがいつの間にか雲散霧消してくれているんではないかと期待して、
そんなわけがないともう一人の自分がそれを打ち消す。

まただ。

嫌な感じだ。

フルフルと頭を振って俺は奇妙な思考スパイラルから距離を取った。

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