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罠。

 東京。

それは田舎に暮らすものにとって、今も昔も憧れの街。

煌びやかで、華やかで、楽しいことやモノが溢れている。

一晩中灯りの消えない、眠らない街。

信也もその憧れに取り憑かれて東京へ居を移した若者のうちの1人。
田舎で溜めたいくらかの貯金を切り崩しながら、新宿や渋谷をはじめ色んなところへ出かけていく生活を満喫していた。

が、俯瞰で見る東京と、等身大の目線で見る東京では大きな隔たりがあることに気がついた。安穏とした生活の中で見る東京は華やかで素晴らしくて、スターが歩く世界。でも、実際に身を移してみてその世界で生活してみると田舎で暮らしていたときと風景が違うだけで、そこはやはり「人間が住まう街」であることに違いなどなかった。

それどころか田舎のように穏やかな心でいることが難しい場所であることにも気付かされた。

部外者でいると風当たりの強い街。それは何処へ行ってもそうかもしれないが、若い信也には疎外感としてその感覚を受け入れるほかなかった。

信也は東京へ出てきて三ヶ月目にアルバイトを始めた。

なんでもない家から少し離れたところにあるコンビニの夜勤だ。
見るからにうだつの上がらなさそうな店長と面接をして、その場で採用となった。夜勤をやる人がほとんど居ないのだそうだ。店長は「だから、僕がさあ、朝も夜もやってるんだよ。」とほとんど夢遊病患者のような表情で物憂げに語っていたのがいやに印象的だった。

夜になるとほとんど人通りもない、線路沿いのコンビニ。

信也は毎晩に近く、自転車に乗って出勤した。
あくせく働く間に、「憧れの街」だった東京は「自分が片隅に暮らす貧富の差が激しい街」へと姿を変えていた。

ある日、信也が出勤してすぐ裏で制服に着替えていると店長がやってきて「あのさぁ、最近万引きがあるんだよ。今日は僕もいるからさぁ、もし変なやつ見かけたら教えてね。僕は裏で帳簿つけたり寝たりしてるからさ。よろしくね。」と言ってきた。

万引き、かぁ。

昼でもそれほど盛況とはならないこのコンビニで、毎月上納金に嘆いている店長からすれば少しの損失でも死活問題になることは明白だ。と、信也は思った。

「分りました。」と答えた信也は早速レジに向かった。

その日はいつにも増して客足が遠く、暇という表現があてはまる夜だった。

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