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フォールオンリー60分一本勝負。1

 生配信。

それはもはやいつもと同じ景色。

客席はなくていい。
カメラに抜かれていないところでは水を飲んでもいい。
いつの間にかプロレスは、全体を見せるショーではなくて
テレビドラマやバラエティと同じ手法で試合を組み立てるようになっていた。

高梨瑛太と東凛太郎は新興団体、デスマッチ・オア・ダイ略してDODのエースだった。

 子供の頃に憧れたのはドームいっぱいのお客さんの前で、360度のフルビューイング相手に大見得を切る、オーラと花のあるプロレスラーの姿だった。今の時代とは何もかもが違うのはわかる。

しかし瑛太も凛太郎も、あの頃の憧れと今現在の自分の有様の乖離には言葉もない。


今日は、道場マッチを有料配信で流すという試合の撮影だった。
自分の団体だけでは手が足りないために、安く選手を貸してくれる他団体にも頭を下げてこの興行を切り盛りしなくてはならない。

撮影は順調に、タイムスケジュール通りに捗っていった。
昼過ぎから始まったカメラチェックなどのリハーサルを経て、セミファイナルまでの撮影はオンタイムと言っていい時間に終わった。

カメラの向きや欲しい画などを綿密に打ち合わせして、臨場感を持たせるためにワンカメラで選手を追う。ワンカットで割らない手法はヒットしたゾンビ映画にヒントを得た。

緊張感は会場でやるプロレスの比ではないかも知れないが、実は選手の疲労も抑えられるし、何よりコストも抑えられる。

「お疲れ様でしたー!」
ひと試合終わるたびに画面は団体のロゴマークを映し、道場の中では拍手が鳴り響く。
ここでは選手もスタッフもレフェリーも、みんなが演者であり裏方であった。そしてDODが作り出したこの手法は、一定の成功を得たと言ってよかった。配信はそれなりに売り上げを上げて、選手たちにも安定した給料を支払うことができている。

そして今夜、凛太郎と瑛太は新しい試みに手を出した。

メインエベント。

兼ねてから、劇場型のプロレス、銀幕プロレスと揶揄されていたDODのプロレスを根底から覆す、マルチアングルCCDによる生中継。
道場から選手とレフェリー、ゴングを鳴らすサブレフェリー以外のスタッフを全て排除し、カメラをいくつもリングや天井に固定して、配信を見るお客さんが手元の操作でカメラをリアルタイムに切り替えることができるようにした。

そして、いつも突飛なストーリーやアングルを信条としてきたDODとしてはあまりにもベーシックなFO。つまり、フォールオンリールールの採用。
凶器の持ち込みはなし。完璧にトラディショナルなプロレスを再現するという志だった。

しかしそれだけでは物足りない。
凛太郎と瑛太のシングルマッチでは、このルールを満たすことができないと二人は考えた。

話題性は、いつの時代もプロレスと切り離すことができない。
瑛太と凛太郎はこの時代のプロレスを華やかに彩る女子プロレスラーに今回のFOマッチの参加を打診した。
間を開けず、「ぜひ参加させてもらいます。」という返事が返ってきて、今回の試合のアイデアを共有した。


2対4の変則トルネードバトル。
つまり瑛太と凛太郎対女子レスラー4人が同時にリング内に入り乱れて戦うということだ。瑛太と凛太郎は例えばここで、4人がかりでどちらかが押さえ込まれたとしてもそれはそれで遺恨が作れていいと考えていた。

そして、この試合に限り、結末はあえて決めないことにした。それがどんな結果を導いてくるのかもわからず瑛太と凛太郎はいつも通りの華やかなコスチュームで自分たちの甘いマスクを飾り立ててリングに上がっていた。

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