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学校の怪談〜陸上部の噂〜

 「なあ、雄介。知ってるか?」

福島隼人がそういって唐突に話しかけてきた。
雄介は隼人と二人で自分たちが通う中高一貫のこの古い学校の噂を収集しようとしていたのだ。
雄介と隼人はまだ中学二年生だったが、すでにトイレにまつわる噂や放送室の噂、高校校舎の開かずの間の噂などを聞きつけて先生や先輩たち、または何か事件がなかったかと図書館で当時の新聞を調べるなど念入りに調査していた。

結果、ほとんどの噂はやはり噂であり、特に戦時中に学生とその親が閉じこもって集団自決をして、以来夜になるとたくさんの人の呻き声が聞こえる!という開かずの間の噂などは調べてみると
戦時中にそもそもこの学校はなかったし、あったとすれば数年前に鍵が壊れて中に学生と先生が閉じ込められてしまって大変だった、程度のことであった。

「今度のはちゃんとしてるんだろうなあ。」
雄介が隼人の爛々と光る目に水を刺すようにそういった。
しかしワクワクとその話を聞いた。

「大丈夫。これは少し有名な話らしいんだ。」

そういって、隼人は話を始めた。



 まだ、3年くらい前の話なんだそうだ。
うちの高校の陸上部には「さやか」という部員がいて、彼女は短距離のエースだったんだって。すごく後輩からも慕われていて、先生からの信頼も厚くインターハイを有望視されていたような選手だったんだそうだ。
でも、大きな大会の少し前、彼女は帰り道に事故にあって死んでしまったそうなんだよ。
それからというもの、夜中になると彼女が運動場を走っていて、倉庫からは苦しそうに悩ましく呻く泣き声が響くんだそうだよ。
きっとインターハイに出たかった無念と、先生たちの信頼を裏切ってしまったという無念さが彼女をこの世に縛りつけてるんじゃないかな。


話終えると、隼人は神妙な顔をして「今夜、彼女の無念を晴らしてやらないか?」と雄介に持ちかけた。

「でも、どうやって?」

すると隼人はニヤリとした顔を雄介に向けた。

「昔、とある大学の寮で夜になると寮の中を走り回る長距離ランナーの霊が出たんだよ。でね、毎晩のことで寮生はみんな参っちゃったんだけど、ある人が部屋にゴールテープを渡しておいて彼が走ってきたところでそれを切らせたんだ。すると、走ってきた霊は嬉しそうに涙を流してその後姿を現すことはなかったそうなんだよな。」

雄介は興味深そうにその話を聞いて、深く頷いた。

「なるほど、ゴールを決めてあげたらいいんだ。」

「そう、なんだったら表彰式もしてあげたらいいんだよ。メダルかなんか作ってさ。噂によると、彼女結構可愛かったみたいなんだよな。な。今夜会いに行こうよ。」

もしそれが本当であればこんな楽しい話はない。と、雄介は大きく首肯した。

「でも、やっぱり少しは調査しないとな。まずは放課後、陸上部の先生にアタックだ。」隼人はそういってやるべきことを小さなノートに書き出して行った。


放課後になると、二人は高等部のグラウンドへ出向いて練習している陸上部の監督に恐る恐る話を聞いた。

「あの・・・すみません。少しお話を聞いてもいいですか?」
と隼人が尋ねると、監督はギョロリと睨みを聞かせて「ん?」と答えてくれた。「あの・・・・、三年前に事故死したという部員さんのお話なんですが。。。」と切り出すと、監督はその顔を少し柔らかくさせた。
「ああ、さやかのことか・・・。なんだか、噂になってるようだな。俺も聞いたよ。今でも夜になるとあいつ、このグラウンドを走ってるんだって?」
強面の監督はそんな噂ばかばかしいとも言わず、懐かしそうな、そしてどこか自責するような表情で隼人にそう尋ねた。

隼人はこくんと頷くと、「やっぱり本当なんですか?」と尋ねた。
「俺は実際に夜にあいつが走るのを見たわけじゃないが、でもそういう噂があるのは知ってるし、きっとあいつならそんな風に陸上のことを思い詰めていても不思議じゃないと思うね。すごく純粋で、真っ直ぐなやつだったからな。」監督はそういうと、遠い目をした。

「お前たちは、さやかのことをなんとかしてやるつもりなのか?」

監督は隼人たちの方を向かないまま、そう問いかけた。

「いえ・・・あの・・・・・。」

いくらなんでも夜に学校に忍び込んでという話はしづらく、歯切れの悪い返事になると監督は
「ははっ。まあいいよ。俺個人の思いとしては、そろそろあいつにも何かゴールテープを切ってもらいたい気分なんだよ。いつまでも自分のことを責めていないで、楽になって欲しいと思う。そのためにお前らが夜に学校に入り込んで何かをするつもりなら、俺は何も聞かなかったことにするよ。」
と続けた。
実質、夜に学校へ忍び込むことの容認発言だった。

「ありがとうございます・・・。」
隼人と雄介は神妙な気分でそうお礼を言うと、今夜に備えてまずは家に帰ることにした。

「だいたい、学校には9時くらいには誰もいなくなるらしいし噂があるのは夜の11時だ。だから、そうだなあ10時くらいに学校へ入っていろいろ準備しようか。」隼人たちはそう約束をして家に帰った。


あっという間に夜になって、二人はまた校門の前に集まっていた。

「まあ、わかってたことだけど、夜の学校は不気味だよな。」
雄介が少し小さい声でそういった。

「まあ、わかってたことだけどな。」
隼人も同じく、凄みのある校舎の佇まいを見上げて答えた。

「さやかさん、喜んでくれたらいいな。」
雄介の問いかけに、「うん・・・・。」と生返事を返す隼人。
少しテンションも低い。校門を飛び越えながらも、雄介は少し違和感を覚えていた。

「でも、なんでわざわざ夜なんだろうな。」
運動場にたどり着いて用意をしている途中、雄介が特に意味もなく尋ねると、隼人はぎくっとしたように身を硬らせた。
手に持ったゴールテープが少し震えているようにも見えた。

「だってさ、別にこのグラウンドでは彼女は常に素晴らしかったんだろ?普通霊ってのは恨みがあったり無念があるところに出たりするもんなんじゃないのかね。例えばさあ、事故現場とかさあ。」

「うん・・・・。やっぱそう思うよね。」

隼人の声は暗い。

「まあね、なんかでもこのグラウンドに思い出があるんだろうね。」
雄介はそういって準備を続けようとした。
「あの・・・・。」が、隼人が準備の手を止めて雄介の方を向き直った。

「いろいろ、調べてみたんだよ。帰ってから。三年前の陸上部のことは少し大きなニュースだったからいろいろ情報があったんだ。」

「そ・・そうなんだ。」

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