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前代未聞。

僕は今前代未聞の状況を目の当たりにしている。
僕が所属する高校の柔道部は県でも強豪校として知られている。
県大会では常勝だし、全国へ行ってもいいところで勝負ができる。
僕はまだ一年だし、補欠にもならないけれど一年後、二年後にはこの名門校を引っ張る有名選手になるつもりだ。

話のはじめは、一週間前、監督が僕らにこう言った。

「いいかお前ら、うちは強豪校だ。その自覚があるな。」

僕らは威勢良く返事をする。

「今回、初の他流試合をすることにした。」

部員全員が戸惑った。

「なんでもあちらさんがうちの柔道部に興味を持ったそうで、ついさっきそういう電話をもらった。はっきり言って、これは喧嘩だ。お前らも格闘技者の卵として、こういう試合にも慣れるべきだろう。ルールの折衝は俺が責任を持って行う。日にちは来週の日曜日。相手は柔道家じゃない。ルールによっては打撃もあるかもしれない。肝に命じておけ。」

僕らは頭を整理するよりも先に威勢のいい返事をした。

僕らは動揺した。
そりゃそうだ。いくら強豪校だと言っても高校生。
他流試合なんて得体の知れない取り組みに気持ちがついていくわけがない。
先輩たちも一様にナーバスになっているようだ。

時間は過ぎて、週末を迎えた。
土曜日、監督からルールの発表があった。

「まあ明日、我々は初の他流試合を経験する。ルールはこうだ。
5対5の総当たり戦。
試合はどちらかがマイッタするか動けなくなるかで勝敗を決する。
つまり投げたところで一本にはならない。絞めか関節で極めるしかない。もしくは思い切り投げつけてノックアウトしてしまうか。
しかも向こうは一選手につき3本先取した方に軍配が上がるルールを提示してきた。例えば先鋒が一試合勝つのに、相手を三回極めなきゃならないんだ。しかも先取だから最大5ラウンド戦わないといけない可能性がある。ワンラウンドは10分。はっきり言って、分が悪いルールだ。我々は3分一本勝負のなかで試合をすることには慣れているが10分ワンラウンドの3本先取ルールなんて、前代未聞だ。」

僕たちの焦燥感はピークに達した。そんな長時間の試合なんて経験がない。
全員がボロボロにされて倒されるのを想像したに違いない。

監督は続けた。

「しかし焦ることはない。相手は女子だ。」

僕らは全員腰砕けになってその場でコケてしまいそうになった。

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