気になること。
岡田将には気になることがあった。
それは将来のこと。
25歳。
高校を卒業して専門学校に行ったはいいが
岡田将には就職先がなかった。
世界からあぶれてしまったような、
凄まじい疎外感の中から望む街並みというのは
いかにも排他的で、
どこからも必要とされない
と自覚する人間に対して
とことんまで冷たかった。
周りの友人が就職し、慌ただしい日々の中に飛び込んでいくのを
中学生の頃から変わらないテンポで過ぎていく時間の中から観測する。
その気になれば、
やる気を出せば。
本気になれば、
自分だって。
そう思いながら結局一年二年と過ぎて
定年までの長い道のりを思う
就職という安定したルートからあぶれた岡田は
アルバイトをして細々と一人暮らしをしていた。
「まあ、気楽でいいと言えばそうなんだが。」
ちぇーっと唇を尖らせて岡田は言う。
「なあに、就職ばかりが人生じゃないさ。特に、自分が何をしたいかがわからないうちから手当たり次第に面接をして大学の就職率をあげることに奔走するのはおかしいと思う。」
とはいえ銀行に就職して出世を目指している友人は言う。
「お前に言われても説得力ないな。」
「ふふ。まあな。俺は中学生の頃から安定した人生に取り憑かれていたんだ。だから就職先は安定の銀行だと目をつけていたんだよ。まあお前とこんな安い居酒屋で酒を酌み交わす時ばかりは心も落ち着くよ。あの競争社会では息をついている暇もない。安定はしているが、心は荒む一方だ。」
「そうかよ。よく喋るなお前は。」
岡田はそう言って、半分微笑んで酒を飲んだ。
こんなことをしていてもいいのか。
という漠然とした不安が鎌首をもたげて、
その鎌首の主と目が合うと一気に自己嫌悪に陥る。
自分では解決しようのない問題を、
心は時折語りかけてくるものだ。
岡田は友人と別れると、あてもなく散歩をした。
一人暮らし、とは言え親元からそれなりに近い街で
知らないことはない。だが、勝手知ったると言うほど知る街でもない。
何か人生のヒントはないか。
と、模索する。
岡田は街を形作るビルの表玄関の鏡に映る自分の姿を横目で見る。
それほど悪くない見た目だが、どうにも気迫がない。
人生をうまくわたっていく気概というか、
何かを成し遂げてやろう、という溌剌としたエネルギーというものが
自分の目にも見受けられないのだ。
ひっそりとしていて、
ややもすれば夜の闇の中に溶け込んで
人の目に映ることものなさそうな
その姿は、現代社会の産んだ没個性を具現化したようにも見えて
岡田は少しだけ笑った。
没個性が自分の個性。
「誰も自分の人生が一つ、ショッカーみたいに終わるのやだよなあ。」
自分の人生を使って成し遂げたいことが
自分の人生の中にも何か出てくるものだろうか。
自分以外にも誰かこのようなことで
思い悩んでいる人間がいるのだろうか
もしくは、
現時点で自分がこの世界の最下層なのだろうか。
この焦燥は何を意味するのだろう。
意味もなく焦って、
意味もなく拗らせて、
そして自己嫌悪に陥って
いつの間にか自分は30歳になるのだろうか。
岡田は鏡のように反射するガラスに向かって
心の中で激しく自問した。
答えは、誰かから帰ってくるものでもないと分かりながら
それでも悶々とする心の中の葛藤をどこかにぶつけなくてはいけない気がした。
トボトボと歩いていると、一軒だけ灯りの漏れるテナントが道に面していた。別に見るとはなく、岡田はその明かりをながめて、夏の虫の如く吸い寄せられていった。
中に人はおらず、今流行りのキックボクシングエクササイズのジムのように見えた。ガラス張りの扉にはチラシが貼ってあって岡田は酔っ払ったついでにそれを見ていた。
『緊急募集!練習相手!ボランティアで練習相手をしてくれる人を探しています。お電話ください!男女問いませんが、年齢は20歳から!できれば頑丈な男の人がいいな!』
ふーん。
岡田はなんとなくそのチラシを写真に撮って家路についた。
ここから先は
¥ 2,000
読んでいただきましてありがとうございます。サポート、ご支援頂きました分はありがたく次のネタ作りに役立たせていただきたいと思います。 皆様のご支援にて成り立っています。誠にありがとうございました。