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春の邂逅〜外伝のその後。

※この文章は「春の邂逅〜外伝」の続編となっておりますので、購入の際にはご注意くださいませ。よろしくお願い申し上げます。


 それは簡単に信じることのできない知らせだった。

「茜が行方不明になった。」

章人は、そう言って青ざめた両親の顔を見て自分の鼓動が早くなっていくのを感じて、
「え。。。?何それ。家に帰ってきてないだけじゃなくて・・?」
少し上擦った声で、そんなことを口走ったけどそんなレベルの問題ではないことに章人自身がはっきりと気づいていた。

程なくして家には警察から連絡があり、やはり起こったことの重大さを嫌でも痛感することとなる。

それからしばらくは混沌と意味不明瞭な悔恨が渦巻く日々が続いた。
自分が何か妹に悪いことをしたのだろうか、何か気付いてやれないことがあっただろうか。
どうすれば戻ってきてくれるだろう。どうすれば、家族全員が揃って楽しく暮らす日々が戻るだろう。。
そんなことを全員が病的に思考し、そして家族は急速にバランスを失っていった。

部屋の中は淀み、食器は台所に山積みになり誰も口を聞かない。
ただ蛍光灯の冷たい光がまるで生前の習慣を守るゾンビのように漫然とリビングに存在する家族だった人間たちを照らす。
生きるということをさえ疑わせるほど、その衝撃は大きく影響は今後を含めてあまりにも計り知れないものだ。
冷たく淀んだ空気がどうすることもできない、つまりやれることのない鬱憤を紛らわせるための方策だったのかも知れない。
充実や活気、感情の起伏というものが少しでも起きて仕舞えばそれは茜を思い出させるトリガーにすらなりうることを、
章人を含めて、そこにいる全員が理解していたのだろう。

章人は、しかしせめてもの悪あがきとして妹を探し出さなければならないと思った。
この冷たく淀んだ空気を破壊するべく、楽しくて明るくて、どこにでもある家庭に復帰するべく、
章人は冷たく淀んだ自分の体に火を灯して、足を踏み出した。

時間は、しかし休むことなく経過していた。

この一年、大学を休学していた章人は、まず茜が通っていた高校を訪ねた。
下校時刻を狙って茜の級友を探し始めると当然というべきか茜の友人たちは校門の前で実にたやすく見つかった。
しかし、彼女らは、彼らは兄だと自己紹介をすると嬉しそうに顔を輝かせ、一年前で全てのデータが途切れた懐かしき級友である茜の素晴らしさを言うばかりで、そして章人に心底同情し心配する様子を見せるばかりで
確信という部分についての知識を一切持ち合わせてはいなかった。
例えば、茜は誰々と付き合っていた。とか、こんなことで悩んでいた。とか。

もしも、そろそろ家を出ようと思ってるなどということを言っていた。

なんていう情報があればどれほど救われただろう。
しかしその聞き込みで得られたものは、章人とその家族が今胸の中に大事に飼育している絶望を裏付けるもののみであった。
何より、彼女ら彼らは自分の人生を歩んでいて、茜を置き去りにしているような気配を誇大妄想のように章人は感じ取ってしまった。
まるで一年前からタイムスリップしてきたような、場違いな感覚に苛まれて希望に満ちた学生たちの表情に恨めしい気持ちにすらなった。

何の悩みもなく、彼氏もいなく、また明日。と言って別れた茜がいなくなる。これが何を意味するだろう。そして、身代金や拐かしたものからの連絡は一切ない。
自分の意思による失踪なのか、はたまた掠奪なのか。それがわからない以上、目の前に広がる景色のどれがヒントでどれがそうでないのかの区別もつかない。

つまり、手詰まりなのだ。

しかし次の一手を考えなくてはいけない。
章人はネットを駆使して妹の消息をつかもうと試みた。
が、しかし同じことだった。
ネットで出てくるのは茜が空手で、新体操で入賞したときの小さなニュースの記事ばかり。
もちろん、彼女をさらった人間や彼女自身の消息を記すページなどあるはずもなかった。
「わらをもすがる思いっていうのは、こういうことか・・・・。」
章人は果てしない虚無感に苛まれ、自分にできることの小ささとささやかさに嫌悪を発露しながら自室の椅子に背を持たせかけた。

そして携帯がメッセージを受信した。


そこには日付と、住所が記されていてその後に「茜に会いたければ。」
とポツンと一言添えられていた。
全身の血が沸騰するような感覚になって、章人は手をばたつかせながらどちら様ですか?と打ったつもりが
「お前は誰だ?」とメッセージを入力して送信した。

1秒もしないうちに、それは宛先不明として携帯に戻ってきた。

ぞく・・・・。と、全身が粟立つような感覚になる。

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