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小さな侵略。1

 目の前で、起こったこと。
自分の中にこんな怒りに狂うような感覚があるとは思わなかった。

田中亮一は、とある格闘技ジムの練習生だ。
今日は亮一と迫田という大学生のジム生だけだった。

「なんか今日人来ないっすね。」
まだ高校二年の亮一はがらんとしたジムの景色を見渡してそう言った。
「まあ、まだ時間早いしなあ。」
「そうですね。」
迫田は黙々と柔軟体操をしながら時計を指さしてそういった。
まだ外は明るい。ようやく夕方の5時になろうとする時間だ。
亮一はなるほどと納得して同意の言葉を口にして、自分もゴロンとマット敷の床に身を投げ出した。
消毒液と湿布の匂いの混じった独特の香りが広がる。
一番乗りでこのジムにきた時のこの匂いが亮一は好きだった。

最寄りの駅から数分、栄えている駅の南口とは反対側の北口、大きな公園を右手に見ながらビルの間を抜けるように進んでいくとこのジムがある。
普通に生活していては発見できようもない地味な場所にあるジムだが、ここには格闘技好きが集まってくる。年齢もバラバラだが、男たちの楽園みたいな場所だ。亮一も迫田もこの場所が好きだった。

そして、なんの前触れもなくそれは扉を開けた。
ちょうど時計の針が5時をさしたばかり、その時間帯を狙ったとしか思えないタイミングで、『彼女ら』は唐突に、他人の神聖な道場に文字通り土足で上がり込んできたのだ。

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