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女神の午後。

 駿がそれに気づいたのは、一ヶ月くらい前のことだ。
まだ寒い季節だったから周りの誰もみんな、そんなことに気が付かないでいた。だけど駿は親友である泰史の異変(というには大袈裟かも知れなかったが)を感じ取っていた。彼らがいた小学4年生のクラスは賑やかで、ほとんど誰もがその日を楽しむことに精を尽くしていた。


 「なんかあった?」

なんとなく、教室で泰史にそう聞いた。
駿は泰史の目が虚に暗いのを見抜いていたが、しかしそれを直接問いただすことは子供ながらに憚られた。

教室の机に肘を置いてぼんやりと座っている泰史は駿の問いかけにも鈍く反応するに止まった。

「うん・・・。」

「うーん、、ねえ水曜日遊ぼうよ。」

駿の誘い水に、彼はうっすらとその暗い目をこちらに向けた。

「うん・・・。。」

駿はそれを肯定的な返事だと受け取った。

水曜日、駿はあまり乗り気ではない泰史を押し切って彼の家に居た。
どこにでもあるような住宅街の居並ぶ家のその一つが泰史の家だった。
綺麗に整頓された比較的広くて新しい家には、誰も居ない。

親は共働きで帰りが遅く、今高校生の姉がいるが彼女も小学生よりは帰りが遅い。

「お邪魔しまーーす!」

親に持たされたお菓子を片手に、駿は慣れない他人の家の少し違和感のある匂いにふんふんと鼻を鳴らしながらこの空間で寛ぐ家族の和やかな様子を想像した。

「部屋、二階なんだ。」

泰史はそれほど明るくない声で、階段を指差した。
彼の最近の雰囲気のおかげで、まだ日の明るい時間帯に電気がついているにもかかわらず家の印象は少し暗い。

外では時折前の道を走る車の音が微かに聞こえる程度で、いかにも静かであった。

階段を上がると、いくつか部屋がありそのうちの一つが泰史と姉の部屋であるらしかった。扉を開けるとお互いの勉強机が対角線に配置されベッドも両橋の壁際に置かれていた。それなりに広い部屋だが、二人が入っているとなれば少し手狭かも知れない。おそらくお互いにもう部屋を分けて欲しがっているんだろうと駿は察した。

日の光がしっかりと入って、しかしやはりこの部屋も薄暗い印象があった。
テレビにはゲームがつながっていて興味を引くものもそれなりにあったが、駿の関心事はやはり最近元気のない泰史のことだ。

「最近元気ないじゃん。」

駿は床に座り込んで、ベッドに腰をかける泰史に直接聞いた。
「どうしたのさ?」

泰史はスッと目を伏せて応えることを逡巡するようなそぶりを見せた。
家の前を軽いエンジンの音が一つ通り過ぎた。

「ちょっと前から気になってたんだよね。なんか泰史笑わなくなっちゃったし。。」

駿が彼に心配していることを伝えると、躊躇いながらも泰史は来ていた首までファスナーがついている上着のチャックをジッと下ろした。

「これ・・・・。」

そこには無数の傷跡が残っていた。

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