見出し画像

霊媒グラップラー・麗奈 1

 いつからだろうか。
僕には人には見えてはいけないものが見えるようになっていた。
初めて見えたのは多分、幼稚園の頃だったか。
うっすらと覚えているのは自分と同じくらいの年齢の男の子が電線の上に座ってぼんやりとしている姿だ。

「ねえママ、あの子なんであんなとこに座っているの?」

と尋ねてみると、母親は「何もいないでしょー?」と相手にもしてくれなかった。2度、3度、同じ場所を通るたびに男の子がいるので質問を続けるとなんとなく、子供にもわかる程度には母親が空気を悪くしたのでそれ以上尋ねるのはやめた。


「英樹がまた気味の悪いことを言うのよ。」
英樹とは僕のことだ。
この言葉は、僕が寝室から盗み聞いた母親と父親の会話だ。

「うーん、まあ気を引きたいだけだよ。気にすることはないさ。」
「だといいんだけど・・・・。」

やっぱり、そうなんだ・・・。

少し落胆したような、自分だけ変だということに高揚したようなそんな気分になった。

それからも、おそらく人には見えていないだろうな。というようなものはしばしば僕の目の前に現れた。中学生の時には自分も合わせて友達と4人で肝試しに廃屋に入って、ごくごく自然にそれが5人になり、6人になった。
僕はふわっと増えた友人の数に気がつかず、彼らが何かを話しているのを、「え?」と振り返って聞き直すと、そこにあったのは知らない真っ白な顔をした自分たちより少し年上の男の人二人がいて、僕の方をじっと見たまま、

「こいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてるこいつ見えてる」

「一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう一緒に死のう」

と、口を動かさず、そして隙間もなく延々と喋ってきた。

「うわあああ!!!!!」と僕が腰を抜かすと、現存する方の友人たちが「また英樹がなんか見たぁ!!!」と大騒ぎしてくれて、その騒音にかき消されるように男の人たちもザワッと消えていった。

あの消えていく瞬間の苦々しく、恨みのこもった男たちの表情は実に忘れがたい。憎しみと怨念というものが手に取れるほどにありありとリアリティを孕んで、そしてそれは間違いなく僕に向けられていた。

そんなこんながあって、僕は高校生になった。
新しくない校舎には、まあ、いろいろとある。
明らかに自殺者が出た部屋があったり、トイレには花子さんとは行かないまでもそれに近い、つまり半分妖怪化したような霊があったり。する。

でも、とりあえず今問題なのは毎朝校門で立ってあいさつ運動を敢行している教師群の中に紛れている陰湿そうな顔をした男の霊だ。
そうと気づかず初日の朝に、そいつに「おはようございます!」と愛想よく挨拶をしてからというもの毎朝奴は僕の顔を覗き込んで、

「おはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはよう」

と話しかけてくる。
あ、これはダメな奴だ。と思って無視をしていると、

「あいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころすあいさつがないわるいこはころす」

と、起伏も何もないただの音としての呪詛を送りつけてくる。僕は耳を塞いで、必死に教室まで走る。いつの間にか男はいなくなって、その暗くて陰湿な声も、聞こえなくなっているのだ。

幸い、クラスは楽しい。
友達もスムーズにできて、中学から一緒のやつもいるので寂しい思いをすることはない。

それに、まあ、可愛い子もそれなりにいる。

一人だけ気になるのは「柏木麗奈」という女の子だ。
彼女は長い髪の毛をさらりと流し、実に綺麗な顔立ちをしていて
クラスの憧れの的なのだが、とても冷淡であまりとっつきやすくなく、無口だ。勉強はよくできるようだが友人を作ろうと自ら誰かに話しかけることもなければ、じゃあといって誰かが話しかけたところで愛想よく返事が来るわけでもない。

そういうミステリアスなところに惹かれる、という感覚もまだわからないから言葉にはできないが、それでも僕も含めてみんなが柏木麗奈の存在に魅力を感じていた。

まあ、魅力に感じていたのはその美しい顔に合わせて制服のブレザーの上からでもわかる胸の大きさと、そしてかなり短く織り込まれたスカートから伸びるツヤツヤとした真っ白な太腿のせいでもあるけど。

そして僕の体調は日に日に重たくなってきた。
五月病か何かだろう。と思っていたが、ある日を境に周りの景色が淀んで見えていた。

「高田くん。ちょっと話があるんだけど。」

自分の席に座ってううう、、、と俯いていると、そんな声がかけられた。
華美に高いわけでもないが強く芯が通っていて華やかな声。
ん?と顔を上げるとそこには柏木麗奈の綺麗な顔がうんざりと僕を見下ろしていた。

「あああ・・・。。。」

でも僕の口から出たのは、呻き声と言っていいような声一つ。

「今日の放課後、教室に残っておいてね。」

彼女はそういうと、自分の席にするりと戻っていった。
申し遅れたけど、僕の名前は高田英樹という。


ここから先は

5,841字

¥ 2,000

読んでいただきましてありがとうございます。サポート、ご支援頂きました分はありがたく次のネタ作りに役立たせていただきたいと思います。 皆様のご支援にて成り立っています。誠にありがとうございました。