ご無沙汰100円シリーズ『遠路はるばる』
汗をかいていた。
男は山道をこれでもかと登って、普段運動をしない体はもう随分と昔にバテていた。ゼエハアと肩で息をしながら、それでも男は歩を止めることをしなかった。
空はもうどこまでも晴れ渡っていて、きんと冷たい空気をこの山に降り注がせていた。枯れた木々がその美しい青をバックに黒くひび割れのように佇んでいて、芝生の枯れ草色が全体のコントラストを引き立たせるように一面に広がっていた。まだ、目的地は遠い。
男は雑誌の記者をしていた。
その名も「ふしぎ発見!モー」という随分歴史の古い、いわゆるトンデモ系の雑誌だ。扱う内容もUFOだの心霊だのと粒揃いだ。
男はしかし信心深くその世界を信仰していた。
仕事とはいえ、全くそういうものを信じない人間が長く続けることはできないだろう。今日の単独飛行の取材も、おそらく仕事だと割り切ってやるには厳しい内容だ。
「この辺だと思うんだけどなあ・・・。」
その辺りは蛇神信仰が盛んな土地で、特にその山、「蛇腹山」はその蛇神の御神体ともいえる山だった。
今日は男はそこに「蛇女」を探しに来ていた。仕事と割り切るにしてもあまりにもバカバカしいのだ。
「う〜ん・・・・。」
唸り声を上げて見渡すと、その枯れた木々の向こう側に冬だというのに鬱蒼と木々の葉がしげった場所があるのを発見した。
「おっ・・・?」
まるで何か重要な手がかりであるかのように思わせぶりに声を上げて男はトコトコとそちらに向かって歩いていく。また昼にも満たない、朝10時のことだった。
鬱蒼と木々の生い茂る場所は、しかし日の光をすら遮断するほどで明るい景色や痛烈に爽快な青い空をパノラマに眺めていた視野は途端に狭窄する。
「うわあ・・・雰囲気あるなあ・・・・。」
男はどこに蛇女がいるという具体的な情報を、何も持ち合わせてはいなかった。
ただ、この辺りの蛇神信仰の名残と、言い伝えられている噂話をかなりアクロバティックに融和させてそのように話を頭の中ででっち上げているに過ぎないのだ。
山深く、谷になっている斜面をほとんど光の差さない冷たく湿った川沿いに降っていく。
と、一軒の小屋があった。
妙に古めかしく、雰囲気のある小屋で、中からは光が漏れていた。
男はおや、と思ってその扉を叩いた。
コンコン・・・・。
ややあって、キイィっ・・・と扉が開くとそこには2人の老婆が並んで立っていた。背丈は172センチの男よりも随分と低い。腰の曲がったその老婆は全く同じような背格好に似たような髪型をして、同じ顔をしていた。
「何じゃ」「どうしてここに来た」
老婆たちは、練習していたかのように順番に、手際良く男を詰問した。
「あ、、すみません・・・・ちょっと取材で・・・・。道に迷ってしまって・・。」
男がその異様な雰囲気に気圧されてしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「嘘をつけ。」「お前は道に迷ってなどおらん。」
「お前は何を探す。」「お前は何を見つけようとしている。」
「今すぐ帰れ。」「さもなくば、」
「「蛇神様の祟りがあるぞ!!!!!」」
カッ・・!!!
と目を見開いた老婆のその息ぴったりのセリフに合わせて、その鬱蒼としげった湿気の高い森はザワザワと音を立て始めた。それはまるで蛇神が洞穴からその神体をうねり出しているその音色のようなものの気がしてくる。
男は、んっ・・・と息を飲み、その強烈な雰囲気に怖気を立てた。
バタンっ・・・!!!!!
老婆たちが何もしていないのに、その小屋の扉は一人でに大きな音を立てて閉じた。
途端に、風は止んだ。
あたりは完全な静寂に包まれて、今さっきの瞬間に感じられたいような雰囲気も消え失せていた。
「っ・・・・。。」
気がつけば、小屋の明かりも消えていた。
男はその小屋から後退って、焦って躓かないように気をつけながらできるだけ早足でその場を去った。
キィっ・・・。
男の逃げていく様子を、四つの眼差しが小屋の少しだけ開いた扉から見つめていた。
「あ〜あ、行っちゃった。私しーらないっと。」
「ね。だって、言われたことはちゃんとやったもんね。」
「うん。蛇神様の〜だって!あはははっ!!!」
若い女の、危険な嬌声だった。
男は転がるように谷を降りて行った。
もうその頃になると、おそらくそこに蛇神がいるんだろうという好奇心は萎えてしまい、早く帰路につきたいという願いが彼の胸の中を占めていた。
その及び腰の彼を呼び止めるものが、しかし彼の目には飛び込んでいた。
それは一つの村であった。
まるで江戸時代のような、村。
開けた平地に茅葺き屋根の民家がポツポツとあって集落を形成している。
「こ・・・こんなとこに村なんて、あったっけ・・・。」
持っていた地図を広げて、その集落が記載されているかの確認をしていると「あ!お客さんだ!」という無邪気な女の子の声が聞こえた。
確認できないまま、はっ・・・と顔を上げると、男の姿を見つけた小さな女の子が集落から一歩外に出たところでこちらに向かってペコリと頭を下げるのが見えた。
赤い和服のようなものを着たその姿は、決して令和の時代に生まれた子供のようには見えなかった。
「ほら!こっちこっち!こっちだよ!!」
赤い服を着た女の子がぴょんぴょんと飛び跳ねながら元気に手招きをするので、男は呼ばれるがままにそちらへ吸い寄せられていく。
「こんにちは!おじちゃん!今日はどうしたの?こんなところにお客さんが来るなんて、とーっても、珍しいんだからぁ!」
赤い和服を着た女の子は、まるで何度も練習したセリフのように淀みなく、そして必要以上に緩急をつけながらそう言った。
「ああ、あの、ちょっと取材にね・・・。」
男がそういうと、「へえ!道に迷ったの!それは大変だったね!!でも、今日はこの村で休んでいくといいよ!とーっても、いい村なんだからぁ!!」と、会話の噛み合わない答えが帰ってきた。
「あ。。。あ、そう。。?じゃあ、ちょっと、お邪魔するね?」
男は強烈に芝居じみた女の子に袖を引っ張られるがまま、その集落に入り込んだ。
しんとして、音のない集落だった。
気がつけば、彼をその中に誘い込んだ女の子も消えていた。
一気に心細くなる。
まるで狐にでもばかされたのかと真剣に考えるほどに、さっきからこの山は不気味に満ちている。それが雑誌記者の魂に火をつけるかというと、そうでもない。そういうトンデモは安全なところから眺めるからいいのであって、決して身をもって体験したいわけではないのだ。
「だめだ・・・これは・・・。出直そう・・・。」
男はそう決心して、村から出ようとした。
瞬間物陰からさっきの女の子が現れ、
「あれえ?どこへいくの?まだ帰っちゃだめ!」
と、一息で叫んで行手を阻む。
「いや・・・でも、もう帰らなくちゃ・・・。」
男が引き下がると、彼女は全く瞬きもせず、そしてじっと目を見たままそれを逸らすこともせずに、「あれえ?どこへいくの?まだ帰っちゃだめ!」と繰り返した。
いよいよ男は怖くなってきた。
これは普通じゃない。
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