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世界はそれを地獄と呼ぶんだぜ。1

 「なあ、部員増えねえかな。」

「ほんとだよね。」

「まあホントのことを言ったら、引退したあとのことなんてどうでもいいんだけどさあ。」

「それもそうだね。」

「でもやっぱ俺らの代で柔道部消滅しちゃうのは、なんか悲しいもんがあるよな。」

「それは絶対やだね。」

「祐樹もちょっと部員探し頑張ってみてよ。俺も頑張るから。」

「わかったっ!」


二人きりの柔道部で、僕と太一はそんな話をする。
祐樹、というのが僕だ。

太一は県大会でも三位に入る強い選手だけど、
僕は市の大会でも一回戦負けをするほどヘボい選手だ。

この高校の柔道部も僕たちの先代までは弱いながらもそれなりに部員がいたが、昨今の柔道離れによって人口が減り、今では僕と太一の二人になってしまった。

くる日もくる日も、二人きりやたら広い柔道場のその端に積んである投げ込み用のマットに座って畳を眺めてはそんな会話をしていた。
今は練習どころじゃなくて、部員集めだよねえ。なんて言いながら、今年の一年生も望み薄であることはなんとなく僕も太一もわかっていた。

窓の向こうに見える春の夕暮れというのは、なんとも希望に満ちているが。しかし柔道部という極めて小さな単位で見ればそれは歴史の終焉。斜陽。

寂しい気分が上回るものだった。

なんとなくやるせないような、悲しいような、
そんな気分が道場の中にシンと響く。
意味もなく柔道着に着替えてはみたが、特に練習するような気分にもなれない。

そんなときだった。

ガラっ・・・・。

と、唐突に道場の扉が開かれた。

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