見出し画像

ロス疑惑三浦和義手錠事件

こんにちは。

 今日は、ロス疑惑をめぐる記事に関して逮捕時の写真などが問題となった東京地判平成21年9月29日(判例タイムズ1339号156頁)と東京地判平成23年6月15日(判例時報2123号47頁)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 昭和56年にアメリカロサンゼルス市内で起きた女性の銃撃殺人事件について、夫の三浦和義氏が保険金目当てに仕組んだ犯行ではないかとの疑惑、いわゆる「ロス疑惑」に関して、週刊新潮や産経新聞、Yahoo!ニュースに記事が掲載されていました。亡き三浦和義氏の後妻は、ロス疑惑について無罪判決が出ているにもかかわらず、自宅の土地代や建築費、過去の仕事などの記事と自身の写真が掲載されたことによりプライバシー権及び肖像権を侵害されたとして新潮社に対して550万円の損害賠償と、亡き三浦和義氏に関する記事と逮捕時の写真によって精神的な苦痛を受けたとして、ヤフーと産経新聞に対して660万円の損害賠償を求めました。

2 新潮社に下された判決(東京地判平成21年9月29日)

 後妻は、書籍という形で自らの私生活上の事実を公表しているのであって、書籍自体の流通や書籍の引用等を通じて、これらの事実が相当期間、人目にさらされ続けることも避けがたいというべきである。
 仮に、プライバシーの放棄ないし公表の承諾の有効性が、その当時の後妻の置かれた状況と無関係ではあり得ないとしても、後妻の自著が、いわゆる「ロス疑惑」が社会的な注目を集めたことや、これにより三浦和義が著名人となったことを前提として著され、出版されたものであることは明らかである。後妻としても、将来において何らかの事由によって「ロス疑惑」ないし三浦和義に対する社会の関心が再燃した場合に、これに伴い、自著により過去に公表した私生活上の事実についても、再び社会的な関心の対象として、週刊誌等に取り上げられるなどすることを受忍すべき立場にあるものといわざるを得ない。そうすると、自著の出版からの約8年間の年月の経過を考慮しても、今回、前記のとおり米国において三浦和義が逮捕されたことに伴い、本件記事において後妻が自ら積極的に公表した上記離婚及び再婚の事実に言及されたことが、上記承諾の範囲外のものということはできない。
 よって、本件記事における離婚及び再婚の摘示により後妻のプライバシー権が違法に侵害されたとは認められない。
 摘示事実は、後妻が、ジーンズ等の製造販売業を開始する以前の職業として、居酒屋の女将をしたり、焼肉屋で働いていた事実を述べるに過ぎない。そして、ジーンズ等の製造、卸、販売等を業とする会社を経営する者が、過去の経歴を不利益に考慮されたり、これによって消極的な評価を受けるおそれがあるか否かという観点から見た場合に、前記公表に係る過去の職業と同じく、現在の服飾業界とは異なり、酒食の提供に従事する「居酒屋の女将」との間に、質的な差異があるとはいえないところである。
 そうすると、過去に居酒屋の女将をしていたとの摘示事実は、一般人の感受性を基準として、スナックを手伝っていた事実や焼肉屋で働いていた事実を公表している後妻の立場に立った場合、公開を欲しない事柄ということはできない。
 本件雑誌における本件写真の注記及び説明を前提としても、本件写真は約25年前に撮影されたものであり、通常人が遠い過去の姿態を公表されることを望まないのは明らかであるし、公表の場所ないし態様についても、巻頭に近い頁の半分以上を同頁中唯一の写真である本件写真が占め、後妻の容貌が鮮明に現れているのであって、上記人格的利益を大きく損なうものといわざるを得ない。そして、被撮影者である後妻自身が「ロス疑惑」への関与を疑われたなどの事情もなく、上記被疑事実と密接に関連する事実を写真付きで報じる必要性ないしは重要性についても、三浦和義が女性とともにいることさえ報じられればその目的に照らし十分であって、技術的にも、モザイク等の修正を施すことによって後妻の肖像を公表せずに本件写真を掲載することが容易であったというべきであるから、後妻が上記のような不利益を受忍すべき理由はない。
 そうすると、本件写真の掲載が適法であるか否かは措くとしても、本件写真の掲載による後妻の人格的利益の侵害は、社会生活上、受忍限度を超える違法なものといわざるを得ない。
 よって、新潮社は後妻に対し、77万円を支払え。

3 ヤフーと産経新聞に下された判決(東京地判平成23年6月15日)

 死者の名誉を毀損し、これにより遺族の死者に対する敬愛追慕(けいあいついぼ)の情を、その受忍限度を超えて侵害したときは、当該遺族に対する不法行為を構成するものと解するのが相当であり、死者の名誉を毀損する行為が遺族の死者に対する敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものであるか否かについては、当該行為の行われた時期(死亡後の期間)、死者と遺族との関係等のほか、当該行為の目的、態様や、摘示事実の性質、これが真実(又は虚偽)であるか否か、当該行為をした者が真実であると信ずるについて相当な理由があったか否か、当該行為による名誉毀損の程度等の諸事情を総合考慮して判断すべきである。したがって、死者の名誉を毀損する行為が不法行為となるのは、必ずしも虚偽の事実を摘示して死者の名誉を毀損した場合に限られるものではないというべきである。
 本件記事本文は、三浦和義氏が死亡したことを受けて元妻の母が報道各社に送信したコメントをそのまま引用したものであるが、これにより摘示された事実は、母が当該コメントをしたことではなく、母のコメントの内容であると解すべきであり、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すると、本件記述1(元ポルノ女優を使って殺人未遂をおかし、そのわずか3カ月後、また複数の知人に元妻の殺害を依頼して、後妻は巨額の保険金を詐取しました。)、本件記述2(三浦和義が死んでも、殺された元妻、別の女性の無念は変わることはありません。)により、「三浦和義が元妻を(第三者に依頼して)殺害した」との事実及び「三浦和義が別の女性を殺害した」との事実を摘示するものと解するのが相当である。
 そして、本件摘示事実は、三浦和義氏が殺人罪を犯したことをいうものであるから、三浦和義氏の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。
 そこで、本件摘示事実を本件サイトにおいて摘示した行為が、後妻の三浦和義氏に対する敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものであるか否かを検討する。
 本件記事本文が本件サイトに掲載されたのが、三浦和義氏の死亡の翌々日であることなどにかんがみると、妻である後妻の三浦和義氏に対する敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するというために本件摘示事実が虚偽であることを要すると解するのは相当でない。
 そして、本件摘示事実が真実と認められるか否か、それが真実と認められないとして、産経新聞において真実であると信ずるについて相当な理由があったか否かについて検討するに、前記のとおり、三浦和義氏は、銃撃事件で起訴され、1審で有罪判決を受けたものの、控訴審で、三浦和義氏が元妻を銃撃した犯人と共謀してその犯人に銃撃を行わせたことは認められないとして、元妻に対する殺人の事実について無罪判決を受け、これが確定しているところ、本件全証拠を検討しても、三浦和義氏が元妻を(第三者に依頼して)殺害したことを認めるに足りる証拠は存しない上、産経新聞において、本件記事を配信した当時、上記無罪判決にもかかわらず、本件摘示事実が真実であると信ずるについて相当な理由があったものと認めることもできない。また、前記のとおり、別の女性の変死については、ロサンゼルス市警が、本件記事の掲載の後である平成21年1月15日に、別の女性が殺害されたものと断定した上で、三浦和義氏が容疑者だったとする捜査報告書を発表したことが認められ、また、証拠及び弁論の全趣旨によれば、三浦和義氏は、別の女性が昭和54年3月に渡米して消息を絶った後、日本国内において、別の女性のキャッシュカードを用いて別の女性の預金を引出したことが認められるが、これらの事実に本件全証拠を併せても、三浦和義氏が別の女性を殺害したことを認めるには至らないし、産経新聞において、本件記事を配信した当時、本件摘示事実が真実であると信ずるについて相当な理由があったものと認めることもできない。
 ところで、本件記事本文は、元妻の母が、三浦和義氏がサイパンにおいて元妻に対する殺人罪及び共謀罪で逮捕されながらロサンゼルスに移送された直後に死亡したという状況を受けて、「遺族の思い」をコメントしたものをそのまま引用して報道したものであることが明らかである上、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とすると、本件記事を読む一般の読者は、三浦和義氏は銃撃事件で既に無罪判決が確定し、別の女性の変死体の発見からも既に約29年が経過しており、もはや三浦和義氏が元妻や第三者の女性を殺害したとの罪を問われることがないこと、元妻の母が、遺族の心情として、三浦和義氏が元妻を殺害したものと信じており、銃撃事件につき無罪判決が確定したことに憤り、ロサンゼルス市警の捜査に期待を寄せていたこと、元妻の母が、三浦和義氏が元妻を殺害したか否かを直接知っているわけでも、三浦和義氏が元妻を殺害したことを証明する証拠を持っているわけでもないことなどを十分に認識・理解した上で、本件記事本文を読むものと考えられるから、これにより、三浦和義氏の社会的評価が現実かつ具体的に低下するものと直ちには言い難いものである。
 そして、前記争いのない事実等や上記認定事実に照らせば、元妻の母が、元妻や第三者の女性が三浦和義氏に殺害されたと信じるについては、一応の理由があるものと認められることや、本件記事の掲載目的、態様等を併せ考慮すると、本件摘示事実が、後妻の三浦和義氏に対する敬愛追慕の情を、その受忍限度を超えて侵害するものと認めることはできないというべきである。
 以上によれば、本件記事本文を本件サイトに掲載した行為は、後妻に対する不法行為に当たるものではないから、ヤフーの後妻に対する不法行為も成立しない。
 死者の容ぼう等が撮影された写真をみだりに公表し、これにより遺族の死者に対する敬愛追慕の情を、その受忍限度を超えて侵害したときは、当該遺族に対する不法行為を構成するものと解するのが相当であり、死者の容ぼう等が撮影された写真を公表する行為が遺族の死者に対する敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものであるか否かについては、当該公表行為の行われた時期(死亡後の期間)、死者と遺族との関係等のほか、当該公表行為の目的、態様、必要性や、当該写真の撮影の場所、目的、態様、撮影時の被撮影者の社会的地位、撮影された活動内容等を総合考慮して判断すべきである。
 これを本件について見るに、前記争いのない事実等に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件写真は、昭和60年9月、殴打事件の被疑者として逮捕された三浦和義氏が、連行先の警視庁前でパトカーから降ろされ、多数の報道関係者の前を歩いて通った際に撮影されたものであること、三浦和義氏は、その際、左手首に手錠をはめられ、複数の警察官にガードされた状態であったこと、後妻は、通常、20年以上も前に撮影された亡夫の手錠姿の写真を公表されることを欲しないと考えられること、本件記事における本件写真は、本件サイトの記事欄のかなりの部分を占める大きさであることがそれぞれ認められ、また、本件記事は元妻の母のコメントを引用し「遺族の思い」を伝えるものであり、本件記事は後妻のロサンゼルス到着を伝えるものであって、その内容に照らし、いずれも亡三浦和義氏の昭和60年当時の手錠姿を掲載するまでの必要性があるものとは認められない。以上の事実関係のほか、本件写真が亡三浦和義氏の死亡の2~3日後に公表されたことなどにかんがみれば、本件写真の撮影が違法であるか否かは措くとしても、2回に及ぶ本件写真の公表は、いずれも後妻の亡三浦和義氏に対する敬愛追慕の情を受忍し難い程度に侵害するものと認められる。
 したがって、本件記事における本件写真の公表は、いずれも後妻に対する不法行為を構成するものと認められる。
 ヤフーは、インターネット上の広告事業等を業とする株式会社であり、本件サイトを運営していること、ヤフーは、情報提供元である補助参加人から記事データや写真の配信を受け、それを本件サイトに掲載し、「Yahoo!ニュース」の利用者の閲覧に供していることがそれぞれ認められ、これらの事実に照らせば、ヤフーは、本件サイトに人の人格的利益を侵害するような写真が掲載されないよう注意し、掲載された場合には速やかにこれを削除すべき義務を負うものと解するのが相当である。
 そして、産経新聞が、本件記事本文に本件写真及び本件説明文を組み込んで、本件記事を作成して、平成20年10月12日、補助参加人との間のコンテンツ利用契約に基づいて、補助参加人に配信し、補助参加人が、同日午後2時6分ころ、ヤフーとの間の情報提供に関する契約に基づいて、ヤフーに対し、本件記事を配信したことにより、本件写真が本件サイトのニュース欄に掲載されたこと、産経新聞が、同月13日、本件写真を含む本件記事を補助参加人に配信し、補助参加人が、同日午後1時9分ころ、本件記事をヤフーに配信したことにより、本件写真が本件サイトのニュース欄に掲載されたこと、本件写真は、後妻の亡三浦和義氏に対する敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものであることがそれぞれ認められ、これらの事実に照らせば、ヤフーは、本件サイトに人の人格的利益を侵害するような写真が掲載されないよう注意すべき義務を怠り、同月12日に本件サイトに本件写真を掲載させ、また、同月13日に同じ写真を再度掲載させたものと認められるから、ヤフーには、本件写真を公表したことについて過失があるものと認められる。
 ヤフーは、産経新聞と共同して本件写真を公表したものと認められるから、後妻に対し、産経新聞と共同不法行為責任を負うものと認められる。
 本件写真が掲載された本件サイトは多くの一般人が閲覧可能なサイトであること、他方、本件写真の手錠部分は、一般の読者が意識して観察しなければ見落とすほどの小ささであることが認められること、その他本件に顕れた諸事情を総合考慮すると、その損害額を、それぞれの公表行為ごとに30万円ずつと認めるのが相当である。
 ヤフーと産経新聞が本件写真を公表した行為と相当因果関係のある弁護士費用は、本件事案の内容その他の事情を考慮すると、それぞれの公表行為ごとに3万円ずつと認めるのが相当である。
 よって、ヤフーと産経新聞は後妻に対し、連帯して66万円を支払え。 

4 手錠姿にモザイクのきっかけ

 今回のケースで裁判所は、週刊誌に三浦和義の後妻の写真を掲載することは肖像権侵害にあたり、また三浦和義が過去に逮捕・連行された様子の写真を新聞とネット記事に掲載することが遺族の人格権の侵害に当たるとして、新潮社と産経新聞、ヤフーに損害賠償責任があるとしました。
 この判決以後、テレビや新聞では、まだ裁判で有罪が確定していない段階で逮捕者を報じる際に、手錠部分にモザイク処理がされるようになりました。またこれらの裁判を担当したのが無罪請負人弘中弁護士だったことも注目されましたね。
 では、今日はこの辺で、また。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?