見出し画像

【らんま1/2の許嫁から考える】家制度

こんにちは。

 今日は、高橋留美子先生の代表作「らんま1/2」に出てくる許嫁というキーワードから、日本にかつて存在した家制度について考察してみたいと思います。

 おそらく日常生活ではあまり意識することのない法律と慣習との関係を考えることができますので、ぜひ、最後までご覧いただけましたら幸いです。

1 らんま1/2とは

 らんま1/2とは、高橋留美子先生が週刊少年サンデーに1987年から1996年まで連載していた、バトル&ラブコメディ作品です。テレビアニメ化もされ、その豪華声優陣たちは名探偵コナンなどの有名作品で今も活躍しています。

 あらすじの概略は、早乙女玄馬と息子の乱馬が中国での武者修行の途中、乱馬は水をかぶると女に、玄馬はパンダになるという体質になってしまい、日本に帰国します。日本で住む家がなかった2人は、玄馬の友人である天道早雲の家に居候することになりました。早雲には、おっとりした性格のかすみ、クールで冷めた性格のなびき、料理が驚異的に下手で気が強く男嫌いのあかねという3人の娘がいました。早雲と玄馬はかねてから将来、自分たちに子どもができたら結婚させようと約束していたことから、乱馬と三女のあかねが許嫁関係になるという話です。

 ちなみに、らんま1/2のルーツは、昭和の名作ドラマ「雑居時代」に由来するようです。

 このドラマでは、妻に先立たれた栗山には5人の娘がいて、ある日、栗山の親友である大場の1人息子の石立鉄男が居候することになります。長女は、ド近眼でヒステリー、次女は、ツンデレで気が強く男嫌い、三女はクールで冷めてる現実主義者で、キレると日本刀を振り回す、四女は大学生で料理が驚異的に下手、五女は小学生という設定を見ても、らんま1/2とよく似ています。
 また、パンダがバトルをするという点は、呪術廻戦にも引き継がれていますね。

2 許嫁

 さて、らんま1/2で登場する許嫁、あるいは許嫁(きょか)とも呼ばれるものは、双方の親が、子どもが幼いうちから結婚させる約束をすることを指します。
 現代では、なんだか違和感がある制度ですが、一昔前までは当たり前に行われていました。

 例えば、江戸時代の武家は、婚姻が非常に重要だったため、結婚相手に関して親の命令には逆らうことができませんでした。このような伝統は、明治時代にフランスの法学者が作った旧民法にも反映されていました。

 例えば1890年に公布されたボワソナード民法には次のような規定がありました。

【ボワソナード民法243条】
① 戸主とは一家の長のことをいい、家族とは戸主の配偶者及びその家にいる親族、姻族のことを言う。
② 戸主及び家族はその家の氏を称する。

 その後、1898年(明治31年)に施行された民法でも戸主と呼ばれる家の長が家を統率するという形態がとられていました。

【民法旧732条】
① 戸主の親族でその家にいる者およびその配偶者はこれを家族とする。
② 戸主の変更がある場合、旧戸主およびその家族は新戸主の家族とする。

【民法旧746条】 
戸主及び家族はその家の氏を称する

【民法旧747条】
戸主はその家族に対して扶養の義務を負う。

 家族の結婚に関しては、戸主の同意が必要とされていまいた。

【民法旧750条】 
① 家族が婚姻又は養子縁組をするには戸主の同意を得る必要がある。

【民法旧765条】
男は満17歳、女は満15歳にならなければ婚姻をすることができない。

【民法旧772条】
① 子が婚姻をするにはその家にある父母の同意を得る必要がある。ただし、男が満30歳、女が満25歳に達した後はこの限りではない。

【民法旧788条】 
① 妻は婚姻によって夫の家に入る
② 入夫及び壻養子は妻の家に入る

 もし、戸主に結婚を反対されると、最終手段として駆け落ちして同棲するということが行われていました。大正時代の有名なスキャンダル事件として、炭鉱王の伊藤伝右衛門の妻の柳原白蓮(やなぎわら びゃくれん)が絶縁状を突き付けて、弁護士の宮崎龍介と駆け落ちした白蓮事件があります。
 現在でも、結婚式、披露宴で「ご両家」という言葉が使われたり、結婚しようとする男女が事前に女性の両親を訪ね、男「お父さん、娘さんとの結婚をお許しください。」と述べたりする慣習がありますが、これらも家制度の名残なのかもしれません。
 ちなみに、らんま1/2に登場するシャンプーのおばあちゃんが乱馬のことを婿殿と呼んでいることから、妻の家に入ることが想定されていたのかもしれません。

3 男女の平等の時代へ

 戦前の民法の離婚原因に関する規定を見ても、「妻が姦通をなしたるとき」、つまり妻が不倫をすれば離婚原因となり、夫が姦通してもそれだけでは離婚原因とはならなず、夫が強姦をするなどして姦淫罪で刑に処せられたときに離婚原因になるとされていました。

【民法旧813条】 
 夫婦の一方は次の場合に限り離婚の訴を提起することができる
一  配偶者が重婚をしたとき
二  妻が姦通をしたとき
三  夫が姦淫罪で刑に処せられたとき

 現在でも、妻の不倫には厳しいが、夫の不倫は「男の甲斐性」などといって、甘い評価がなされているのも、この規定に由来するかもしれません。

 また家族の価値観をめぐっては、1933年(昭和8年)に、京都大学の滝川幸辰(ゆきとき)教授が、女性だけを処罰の対象とする姦通罪について、処罰するのであれば男女ともに処罰すべきであり、処罰しないのであれば両方とも処罰すべきでない、と主張したことに対して、当時の文部大臣の鳩山一郎は「共産主義的な教授は大学に居るべきではない」と述べて、滝川教授が京都大学を追放されるという滝川事件が起きています。学問の自由や表現の自由が十分に保障されていない時代に、家族の価値観に異を唱えることの難しさがうかがえます。

 その後、1946年に成立した日本国憲法の第24条には、家族に関する事項は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されるべきことが示されました。

憲法第24条 
① 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 これに基づいて改正された民法では、明治時代以来の「家」制度が廃止されることになりました。それまで、当然のものとされていた許嫁制度も法律の条文からは消滅しましたが、伝統を重んじる家には、その家のしきたりとして、家制度のような慣習が残っているのが現状なのでしょう。
 らんま1/2からは、そのような家制度の名残が読み取れて、非常に学びがあるのではないかと思います。

 では、今日はこの辺で、また。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?