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あなたもまた虫である事件

こんにちは。

 みなさんは、自分の生きてきた道のりを、記録として残したいと思ったことがあるでしょうか。どんな人の人生も、唯一無二のものなので、非常に価値があると思っています。そんな中で、自分の体験談を映画化するにあたって、著作権上の問題が生じた「あなたもまた虫である事件」(知財高判平成28年12月26日裁判所ウェブサイト)を紹介してみたいと思います。

1 どんな事件だったのか

 小林美佳さんは、自身の性犯罪被害を題材とした小説を出版していました。

 NHKエンタープライズに所属するテレビディレクターは、小林さんの作品を映画化することについて、本人の同意を得て脚本を書き上げました。その後、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に向けて、橋本マナミさん主演の映画「あなたもまた虫である」を製作しました。

 その後、ディレクターから「脚本を変更しました」との連絡を受けた小林さんと朝日新聞出版は、映画祭直前に上映の中止を要請した上で、著作権侵害を理由に、映画の上映、複製、公衆送信などの差止めと、映画のマスターテープの廃棄、損害賠償500万円を求めたのです。

2 小林さんの主張

 事前に、小説に書かれた場面・セリフについては使用しないようにとお願いしていたはずなのに、そのまま使われているじゃないですか。だから、「あなたもまた虫である」の映画は、私の小説を複製したものなので、著作権侵害にあたると思います。

3 テレビディレクターの主張

 映画では小林さんが経験した「事実」のみを題材にしたにすぎません。実際に起きた出来事の中身は著作者が創作した「表現」ではないから、翻案権を侵害しているわけではありません。小説で描かれたいエピソードの構成は、時系列に沿ったものであって、創作性のあるものとはいえず、著作物であるとは言えないと思います。

4 東京地方裁判所の判決

 第一審の東京地方裁判所(平成27年9月30日判決)では、「小説でのエピソードが、単に事実をそのまま表現しているのであれば、著作物にあたらないが、存在する事実の中から一部を選択した上で、そこに悔しさなどの思想または感情が表現されているエピソードについては著作物性が認められる」とされました。

5 知的財産高等裁判所の判決

 知的財産高等裁判所は、「映画全体の差止めではなく、小説の表現を使用している部分について差止めを認める。またテレビディレクターは小林さんに55万円を支払え」としました。

 つまり今回のケースでは、映画全体の差止めが認められたわけではなく、小説の表現と同じ部分についてのみ、映画の上映の差止めとマスターテープ等の廃棄などが認められました。小説の映画化にあたっては、事前に著作権者と綿密に協議し、同意を得ておくことが重要でしょうね。

では、今日はこの辺で、また。


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