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昭和女子大事件

 こんにちは。

 私立大学には、それぞれの学校ごとに教育理念が定められているのですが、昭和女子大学には、上品で礼儀正しく、誠実で心豊かな、知性を兼ね備えた女性を育てるという校訓三則があり、100周年を記念して作られたイメージソングでもこのことが表現されています。

 ところが、教育方針と学生の活動との間に、大きな食い違いが生じることもあります。今日はこの点が問題となった「昭和女子大事件」(最判昭和49年7月19日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 昭和女子大学は、穏健中正な校風を持つ大学として学生指導を行い、学則の細則として学生手帳に「生活要録」を定めていました。あるとき、昭和女子大学文家政学部の2人の学生が、大学に届け出ることなく学内で政治的暴力行為防止法案に対する反対署名運動を行ったり、無許可で共産党と関係の深い日本民主青年同盟に加入していました。
 これに気づいた大学側は、生活要録に規定された「政治活動を行う場合は予め大学当局に届け、指導を受けなければならない」という条項に反することを理由に、所属学級の教授から、事実上、登校禁止を言い渡され、その後も学生2人と保護者に対して活動をやめるように3カ月に渡って説得を続けていました。しかし本人たちの態度は変わらず、それどころか「週刊女性自身」、東京放送の「朝のスケッチ」、公会堂の学生集会で事実を歪曲した手記を発表したり、公然と昭和女子大学を誹謗する活動を続けたことから、大学は2人の学生を退学処分にしました。
 これに対して退学処分を受けた学生2人は、昭和女子大に対して退学処分が無効であるとして身分確認訴訟を起こしました。

2 元女子学生の主張

 教授の指導は、指導には値しないものであり、私たちの政治的な思想などについて午後2時半~6時半まで問いただされたのみで、どのような態度を取るべきかについてはなんらの指導も与えられませんでした。別の日には、郷里である九州へ行ってしばらく静養するよう申し渡されましたが、九州へ帰るわけにはいかないので、藤沢在住の代理保証人のところで過ごしました。その後、大学に登校すると、退学の意思表示をしたわけでもないのに、出席簿から名前が消されていて、そこから学長室に呼ばれて学長から「なぜ登校したか」「絶対に許すことはできない」などとして退学処分を受けました。
 大学の行った指導は、思想の調査であり、退学処分は私たちの思想を嫌悪してなされたものなので、これは思想信条による差別的取扱いであり、公序良俗に違反して無効です。
 また、入学の際に、「生活要録」を十分に認識し、理解していたものとは認められず、学外団体に加入することの禁止や、署名運動の事前届出制を了承し、これに従う合意をしていたものでもありません。学外団体への加入禁止や署名活動の事前届出制は、政治活動の自由及び思想、信条の自由を不当に制限するもので、人間性の尊重を原理とする憲法の精神と矛盾するものではないでしょうか。よって、これに違反する退学処分は無効です。

3 昭和女子大学側の主張

 たしかに補導を行ったが、2人ともあくまで反省の色を示すことなく、かえって反抗的な態度を示すばかりであった。それどころか「学生3名が退学処分にされる」という事実と相違するビラがまかれ、これを契機として新聞記者が取材のため来学して学校当局者に面会を強要してきたのだ。このため学内の空気は攪乱され、一部の学生は動揺していたずらに混乱の度をますばかりであった。さらに、40名を超える学外団体が守衛の阻止を強引に突破して大学構内に侵入し、この2人の学生はハイヒール姿にハンドバック携帯という本学の学生らしからぬ風体で、学外の男に対して学外団体の方向を指示してその団体に加勢させたのだ。このような奇怪な行動は、学校に対して不信の念をうえつけるのに十分であった。さらに東京放送の「朝のスケッチ」の時間に「荒れる女の園」というその題名からもわかる興味本位に構成された番組に、2人の学生が出演して煽動的なアナウンサーの解説付きで歪曲した事実を次々と述べて学校を誹謗したのだ。
 2人の学生は退学処分が無効であるというが、学生の行為に対し、懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決することは、その決定がまったく事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、もしくは社会通念上著しく妥当性を欠き懲戒権者に任された裁量の範囲を逸脱するものと認められる場合を除き、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであるので、無効ではない。

4 最高裁判所の判決

 憲法19条、21条、23条のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国または地方公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であり、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではない。したがって大学の生活要録の規定について、直接憲法に違反するかどうかを論ずる余地はない。
 大学は国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究を目的とする公共施設であり、法律に格別の規定がない場合でも、その施設目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し、これによって在学する学生を規律する包括的権能を有する。特に私立大学のなかでも学生の勉学専念を特に重視し、あるいは比較的保守的な校風を有する大学、その教育方針に照らし学生の政治活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から、学内および学外における学生の政治活動につき、かなり広範な規律を及ぼすこととしても、これをもってただちに社会通念上、学生の自由に対する不合理な制限であると言うことはできない。
 大学当局の措置についてみると、説諭にあたった関係教授らの言動には、学生らの感情をいたずらに刺激するようなものもないではなく、補導の方法と程度において、事件を重大視するあまり冷静、寛容及び忍耐を欠いたうらみがあるが、大学が学生らに対して民青同からの脱退又はそれへの加入申込の取消を要求したからといって、それが直ちに思想、信条に対する干渉となるものではない。事件の発端以来退学処分に至るまでの間に大学のとった措置が教育的見地から批判の対象となるかどうかはともかく、大学当局が、学生らに昭和女子大学の教育方針に従った改善を期待しえず教育目的を達成する見込が失われたとして、その一連の行為を「学内の秩序を乱し、その他学生としての本分に反した」ものと認めた判断は、社会通念上合理性を欠くものであるとはいいがたく、結局、退学処分は、懲戒権者に認められた裁量権の範囲内にあるものとして、その効力を是認すべきである。
 よって、女子学生らの上告を棄却する。

5 学則と学生の政治活動

 今回のケースで裁判所は、保守的・非政治的学風で知られる昭和女子大学がその生活要録に違反して政治活動をした学生に下した退学処分について、やや強引な部分があったものの、個人と個人の争いに憲法が直接適用されるわけではなく、また懲戒権者に認められた裁量権の範囲内にあるので有効としました。
 ちなみに、女子学生等が反対の署名活動をしていた政治的暴力行為防止法案は、右翼少年による浅沼委員長刺殺事件などをきっかけに、テロを禁止するという名目で作られたものでしたが、デモなどの合法的な表現行為までも制限される恐れがあるとして、10万人の請願デモが展開され、翌年に廃案となっています。文部科学省は高校生に対して、「学校の構外」と「学業に支障がない」などの条件付きで政治活動を認めていますが、たとえ学外であったとしても暴力的あるいは違法な政治活動については禁止されていますので、十分に注意する必要があるでしょうね。

では、今日はこの辺で、また。


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