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石に泳ぐ魚事件

こんにちは。

 柳美里(ユウミリ)さんの『JR上野駅公園口』は、その翻訳本が出版されて全米図書賞を受賞していたことに驚きましたね。

 さて今日は、柳さんのデビュー作の出版をめぐって裁判に発展した「石に泳ぐ魚事件」(最判平成14年9月24日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 柳美里(ユウミリ)さんが、月刊誌『新潮』に「石に泳ぐ魚」という小説を発表しました。大学院生の女性がその小説を読んていたところ、登場人物の「朴里花(パクリファ)」について、自分の経歴や家族構成、職業などがそのまま描写されていたことから、著者と新潮社に対して出版の差し止めと慰謝料の支払いを求めて提訴しました。

2 大学院生の主張

 作品中の「朴里花」のモデルは、私であって、ソウルにある大学を卒業後に東京芸術大学大学院の陶芸科に所属していること、顔に腫瘍があること、国際政治学者の父が講演先の韓国でスパイ容疑で逮捕されたことなど、プライバシーが侵害されています。また、小説では芸大を不正に合格したかのような侮蔑的な描写があることから、私の名誉が侵害されています。だから、出版の差し止めと、慰謝料100万円を請求します。

3 柳美里の主張

 一般の読者が実在の人物と作品の登場人物を同一視しながら読むことはありませんし、フィクションだと理解しているはずです。「朴里花」の存在を作品から完全に削除せよという要求は、作品を根底から崩壊させるもので、憲法で保障された「表現の自由」からしても認めることはできません。

4 最高裁判所の判決

 小説中の「朴里花」と大学院生とは容易に同定可能であり、小説の公表により、大学院生の名誉が毀損され、プライバシー及び名誉感情が侵害されたものと認められる。
 小説の公表により、大学院生は精神的苦痛を被ったものと認められ、その賠償額は、100万円を下回るものではないと認められる。柳氏らは、大学院生に対し、連帯して100万円及びこれに対する遅延損害金の支払義務がある。
 人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。どのような場合に侵害行為の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止めを肯認すべきである。
 被上告人の女性は、大学院生にすぎず公的立場にある者ではなく、また、小説において問題とされている表現内容は、公共の利害に関する事項でもない。さらに、小説の出版等がされれば、大学院生の精神的苦痛が倍加され、大学院生が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるおそれがある。そして、小説を読む者が新たに加わるごとに、大学院生の精神的苦痛が増加し、大学院生の平穏な日常生活が害される可能性も増大するもので、出版等による公表を差し止める必要性は極めて大きい。
 以上によれば、大学院生の柳氏らに対する小説の出版等の差止め請求は肯認されるべきである。よって、柳氏の上告を棄却する。

5 国会図書館が閲覧禁止措置

 今回のケースで裁判所は、小説「石に泳ぐ魚」の登場人物に関する描写が実在する大学院生に対する名誉侵害、プライバシー侵害、名誉感情の侵害に当たるとして、著者と出版社に損害賠償などを命じました。
 また、この判決を受けて国会図書館をはじめとするいくつかの図書館は、「石に泳ぐ魚」が掲載された『新潮』1994年9月号を閲覧禁止措置にしていました。そのため、知る自由や図書館の自由が問題となったことも知っておいてもらえると幸いです。
 では、今日はこの辺で、また。


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