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桃中軒雲右衛門事件

 こんにちは。

 いきなりタイトルに出てきた「桃中軒雲右衛門」を「とうちゅうけんくもえもん」と読める人は多くないかもしれません。

 法学部生は、一度は聞いたことがある名前だと思うのですが、よくよく調べてみると、明治の終わりから大正初期にかけて大活躍していた伝説の浪曲師の名前「桃中軒」は、沼津にあった弁当屋に由来するそうです。

 さて、この浪曲界のスーパースターにどんなトラブルがあったのでしょうか。音楽ビジネスの発展を知る上で、きっと参考になると思いますので、以下で「桃中軒雲右衛門事件」(大判大正3年7月4日刑録20輯1360頁)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 明治45年、ドイツ人貿易商のリチャード・ワダマン(Richard Werdermannドイツ語読みではリヒャルト・ヴェルダーマン)は、浪曲(浪花節とも呼ばれます)で圧倒的な人気を誇っていた桃中軒雲右衛門に目をつけ、15,000円(現代の価値に換算するとおよそ1億5000万円)を払って、桃中軒雲右衛門の浪曲を収録したレコードを発売することになりました。ところが、島口、村上、神田、橋倉の4名が、そのレコードの海賊版を作成して販売していたので、ワダマンは著作権侵害を理由に損害賠償を求めたのです。

2 ワダマンの主張

 私は雲右衛門から浪曲の著作権を譲り受け、さらに1万5000円を投じて、レコードを販売しました。すると、島口ら4名がこのレコードを買って複製し、1800枚も販売したのです。雲右衛門の吹き込んだ浪曲は、音楽の演述に当たり、雲右衛門独特の技能によるものであるから、創作性があり、著作物である。だから、このような音楽的演述を機械的に複製すれば、当然に著作権侵害になるはずだ。

3 島口らの主張

 著作権法1条1項には、著作権の対象となるものを列挙しているが、そこには「演奏」が挙げられていない。雲右衛門の浪曲は、楽譜を作り音楽的著作をしたわけでもなく、他の浪曲と比較しても独創的思想が表れているわけでもない。だから、浪曲には著作権は成立しない。

4 大審院の判決

 低級音楽の一種である浪花節(浪曲)の達人とされる桃中軒雲右衛門は、瞬時に作曲して演唱しているが、楽譜を作っているわけではない。旋律が一定しない瞬間創作物を著作物だと認めることはできない。
 また多大な投資によって作成されたレコードを複写制作することは正義の観念に反するものの、権利侵害はないので不法行為に当たらない。よって、ワダマンの請求は認められない。

5 大バッシングの嵐

 思わず、ワダマンもびっくり仰天の判決が下ったのですが、当然ながら世間では無断複製のレコードが世の中に蔓延するのではないかとの声があがりました。音楽業界関係者は、法学者の鳩山秀夫に大審院の判決を批判する論文を書かせたり、衆議院議員であった鳩山一郎らを動かし、著作権法1条に著作物の例示として「演奏」や「歌唱」が加えるなどの法律改正を実現することに成功しました。

 現在は当然とされている権利も、それを確保するために、多大な努力があったことがよくわかりますね。

では、今日はこの辺で、また。


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