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婚姻をする意思事件

こんにちは。

 今日は、結婚する意思が法的に問題となった最判昭和44年10月31日を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 昭和28年8月、大阪市立浪速保健所に勤務する女性が、天王寺高校を経て大阪大学工学部1年生になった男性の家に同居するようになり、その後に女性は妊娠しました。ところが、男性の両親が出産を許さなかったため、男性と相談して中絶をしました。その間、2人の間の愛情は高まり、やがて固く結婚を誓うようになっていました。しかし、2人の結婚には男性側の両親が強く反対したため、女性は昭和29年に男性の家を出て他の場所に住むことになりましたが、2人の関係はその後も変らず、昭和32年3月に男性が大阪大学工学部を卒業して日立製作所に就職した後も、交際を続けていました。
 やがて、女性は4回目の妊娠をし、それまでの3回は男性に生活能力がないためいずれも中絶手術を受けていたが、男性が就職したことから、2人で相談して今度は生むことに決め、昭和32年11月に、女性は上京して東京都世田谷区三軒茶屋町に男性の名前で家を借り、11月20日長女を出産しました。長女の出産を機会に2人の婚姻届を済ませることになり、男性は大阪から届出用紙を持って帰り、署名とその他必要事項を自ら記入しました。しかし、手違いから、結局婚姻届の提出には至りませんでしたが、2人の間の結婚するという意思は完全に確立していました。
 ただ、男性の収入が十分でなかったため昭和33年1月に、女性は長女と共に大阪に帰り、保健所での勤務を継続しました。すると、昭和34年10月24日の朝に、男性から会いたいとの電話があり、男性に会うと「熊谷という女性と結婚する」と告げられました。当然のことながら女性は、男性の結婚に反対し、「熊谷との結婚はとりやめる」と約束させました。さらに、婚姻届が作成され、大阪市東住吉区長に婚姻届が提出されました。

 ところが、昭和34年10月29日に男性は熊谷千鶴子との結婚式を挙げ、以来千鶴子と同棲するようになってしまいました。さらに男性は、昭和34年10月27日に大阪市東住吉区長に届け出た婚姻について、婚姻の意思がなかったので無効であることの確認を求めて提訴しました。

2 原審の判断

 原審は、「男性は、熊谷千鶴子との間に結婚する話がまとまり昭和34年10月29日に同女と結婚式を挙げることに取決められたので、同月24日女性とのそれまでの関係を清算するため日立市から大阪に来て女性に会い熊谷千鶴子と結婚する旨を告げたところ、女性やその家族等からその非を責められ、且つ長女が非嫡出子として取扱われることになるのをおそれた女性からせめて長女に男性と女性との間の嫡出子としての地位を得させてほしいとの懇請をうけ、その処置に窮した男性がその場の収拾策として一旦女性との婚姻届をして長女を入籍しのちに女性と離婚するという便宜的手続を認めざるを得なくなり、その旨の女性宛の誓約書を作成してこれを承諾したけれども、男性は女性等の反対により飜意して熊谷千鶴子との結婚を思いとどまつたものではなく、女性との婚姻予約を破毀して、同月29日予定どおり千鶴子との結婚式を挙げることを決意したものであつて、同月24日以降、男性には女性と夫婦生活を営む意思はなかつたもので、同月29日予定どおり千鶴子との結婚式を挙げ、同日以降同女と夫婦生活を営み今日に至つていること前認定のとおりであるから、本件婚姻の届出に当り、長女に男性と女性との間の嫡出子としての地位を得させるための便法として両名間に婚姻届出については意思の合致があったが、男性には女性と真に前記の如き夫婦関係の設定を欲する効果意思を有しなかったものというべきであるから、婚姻をする意思がなかったものとして、婚姻の効力を生じなかつたものと認めるのが相当である」として、婚姻の無効を認めました。この判決に納得がいかなかった女性は上告をしました。

3 最高裁判所の判決

 「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは、当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり、したがってたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり、ひいて当事者間に、一応、所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても、それが、単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであつて、前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には、婚姻はその効力を生じないも のと解すべきである。
 これを本件についてみるに、原判決の適法に認定判示するところによれば、本件婚姻の届出に当たり、男性と女性との間には、長女に右両名間の嫡出子としての地位を得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあつたが、男性には、女性との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったというのであるから、右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。
  よって、女性の上告を棄却する。

4 婚姻をする意思とは

 今回のケースで裁判所は、民法742条1号にいう「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは、当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指し、たとえ婚姻の届出自体については当事者間に意思の合致があつたとしても、それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないときは、婚姻は効力を生じない、としました。
 男女が同居せずに経済的に独立している状態の結婚生活が、「社会観念上の夫婦関係」ではないと判断される可能性が高いですので、注意が必要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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