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新潟水俣病事件

こんにちは。

 1960年代の日本では、企業による環境汚染で健康被害が生じても、経済的な繁栄を優先し、国と自治体が積極的に対策をとらなかったことがありました。そのような中で、被害者を救済すべく、弁護士や学者、医者などの支援者が巨大企業に立ち向かったという事実もあります。

 そこに立ちはだかった法律上の問題を理解する上で、今日は「新潟水俣病事件」(新潟地判昭和46年9月29日判例タイムズ267号99頁)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 昭和電工は、鹿瀬(かのせ)工場でアセトアルデヒドを生成するために硫酸第二水銀を触媒として使い、その副産物としてメチル水銀という有毒物質が生成されていました。昭

和電工はこのメチル水銀を排水とともに阿賀野川へ流していました。すると阿賀野川下流域で、有機水銀中毒症の患者が多数発生していることが新潟大学医学部教授らによって公表されました。水俣病が社会問題として話題となると、昭和電工はアセトアルデヒド製造プラントを早々と撤去し、工場の製造工程の図面を焼却するなど証拠隠滅を図りました。
 さらに昭和電工が「当社の工場排水は30年間排出し続けてきたので、突発的あるいは一時的に病気が突如発生したことを説明できない」などと主張したので、患者3世帯の13人が、昭和電工に対して約5億3000万円の損害賠償の支払を求めて提訴しました。

2 被害者13人の主張

 少女はもだえ苦しみ、猛獣のように狂って死にました。新潟地震の起きた以前からあった髪の毛から大量の有機水銀が検出されています。これは昭和電工が、メチル水銀を含む工場排水を阿賀野川に放出し、それにより汚染された川魚を食べたことが原因であるとしか考えられない。しかも我々は昭和電工鹿瀬工場の排水口から採取した水苔からメチル水銀を検出しました。つまり昭和電工は、熊本で起きていた水俣病の原因が工場排水であったことを知りながら、あえてメチル水銀を含んだ工場排水を阿賀野川に放出していたので、過失があったと言えると思います。

3 昭和電工側の主張

 横浜国立大学の北川教授によると、前年度に起きた地震により、農薬が川に流出し、それによって症状が出たという説を主張している。だから、工場の排水が直接の原因ではない。
 また水俣病の原因物質は有機水銀である。工場が使っていたのは無機水銀であるので、工場の排水が新潟水俣病の原因にはなり得ない。
 患者側は、工場廃液のどの生産工程から、どのようにしてメチル水銀が生成されるのか、そこに我々の過失があったかどうかを証明していない。裁判において証明責任がある側が、その証明ができていないのであれば、裁判に負けるというのが法律の常識だ。

4 新潟地方裁判所の判決

 化学公害事件においては、被害者に対し自然科学的な解明までを求めることは、不法行為制度の根幹をなしている衡平の見地からして相当ではなく、 被害疾患の特性とその原因(病因)物質と原因物質が被害者に到達する経路については、その状況証拠の積み重ねにより、関係諸科学との関連においても矛盾なく説明ができれば、法的因果関係の面ではその証明があつたものと解すべきであり、それらの立証がなされて、汚染源の追求がいわば企業の門前にまで到達した場合、加害企業における原因物質の排出(生成・排出に至るまでのメカニズム)については、むしろ企業側において、自己の工場が汚染源になり得ない所以を証明しない限り、その存在を事実上推認され、その結果すべての法的因果関係が立証されたものと解すべきである。
 昭和電工は、鹿瀬工場におけるメチル水銀の生成、流出を否定することができなかったばかりではなく、かえってその生成、流出の理論的可能性は肯定され、あまつさえ、工場内および排水口付近の水苔よりメチル水銀化合物ないしはその可能性が極めて大きい物質が検出されたことが証明されているから、鹿瀬工場のアセトアルデヒド製造工程において、メチル水銀化合物が生成、流出され、工場排水とともに阿賀野川に放出されていたものと推認せざるを得ない。
 よって、昭和電工は被害者らに2億7000万円を支払え。

5 門前到達理論

 今回のケースで裁判所は、被害者側が①水俣病を発症させる原因物質を特定し、②汚染源をたどって工場の門前にまで到達した場合、昭和電工は自己の工場が汚染源になり得ないことを証明しない限り、原因物質を排出していたと推認されるとしました。
 このように公害の原因と結果のつながりを解明しなければならない被害者にとって、その証明責任が重くのしかかる場合には、裁判所がその負担を軽減する判断をするということがあります。裁判を通じて、新潟水俣病の被害者の方々が安心して暮らせる社会の実現に向けて、考えていくきっかけになれば幸いです。

では、今日はこの辺で、また。


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