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置き去りめぐちゃん事件

こんにちは。

 今日は、犬の所有権の放棄が問題となった東京地判平成29年10月5日を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 平成15年、女性は香港で、ゴールデンレトリバーのめぐちゃんを2500香港ドルで購入しました。女性は、会社の上司であり交際相手でもあった男性と結婚を前提として同居していましたが、その男性が極度の犬嫌いであったため、めぐちゃんの飼育をめぐって口論が絶えませんでした。
 平成25年、男性はめぐちゃんをどこかへ連れ出し、女性が必死に探した結果、代々木公園で職員に保護されていることを知り、引き取りに行きました。
 また、別の日に男性は、女性とめぐちゃんを井の頭公園に連れていき、女性だけをタクシーで帰らせ、めぐちゃんを置き去りにしました。このとき、女性はめぐちゃんを連れ戻したいと思いましたが、男性を怒らせると職を失い、結婚も破談になってしまうと思い、何も言えず、警察にも遺失届を出そうとしましたが、男性に止められてできませんでした。早朝に、通行人がリードで柵に繋がれた状態のめぐちゃんを発見し、口輪をされたままで体温調節もできず、夜中の雨で泥まみれになり出血していたことから、連絡先を書いた紙を残して、めぐちゃんを連れ帰りました。その後、武蔵野警察署に届出て、所有の意思をもって飼育を開始しました。
 女性は男性の監視の目を盗んでインターネットでめぐちゃんの情報を探していたところ、フェイスブック上の記事でめぐちゃんの情報を発見しましたが、女性を激しく糾弾するものであったため、恐怖心からめぐちゃんを保護した人に連絡をとることができませんでした。
 その後、女性は男性との関係を解消し、代理人を通じて一連の経緯について謝罪し、めぐちゃんの引き渡しを求めたところ、めぐちゃんを保護した人が引き渡しを拒絶したことから、女性はめぐちゃんの引渡しと慰謝料110万円の支払を求めて提訴しました。

2 東京地方裁判所の判決

 東京地方裁判所は次のような理由で、元飼い主によるめぐちゃんの引き渡し請求を認めました。

 確かに、元飼い主は、本件男性が本件犬を井の頭公園内に置き去りにしたことを認識しながら、本件犬を連れ戻すことなく、本件男性と共に帰宅したこと、その翌日には本件犬が保護されていることを認識しながら、問い合わせ等の有効な手立てを講じなかったこと、また、新しい飼い主が本件犬を保護している旨認識した後も直ちに新しい飼い主に連絡をとらなかったこと、本件置き去りから3か月近くにわたり遺失届を提出しなかったことを認めることができる。飼い主であれば、一刻も早く飼い犬を連れ戻そうとするのが通常であることからすると、これらの事実は新しい飼い主の上記主張に沿うものといえる。しかし、他方、その是非はともかくとしても、元飼い主は、本件男性から叱責されたり縁を切られたりする恐れから積極的な行動をとれなかったとみられること、元飼い主は、本件置き去りの翌朝には本件男性に対して本件犬を連れ戻しに行きたい旨伝え、その後も、井の頭公園まで本件犬を探しに行き、インターネット上で本件犬の情報を探し、本件男性に対して本件犬を連れ戻したい旨伝えるなどし、最終的には、遺失物法の定める期間内に遺失届を提出し、新しい飼い主らとも連絡をとり本件犬の引渡しを求めていることも認めることができる。これらの事実によれば、元飼い主は、本件男性がした本件置き去りに対し、本件犬を連れ戻すためにそれなりの行動をとり、本件犬の所有者としての一応の態度を示していたことが認められる。そうすると、上記の新しい飼い主の主張に沿う事実から、元飼い主が本件犬の所有権を確定的に放棄したとまで認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 確かに、愛護動物が放置された場合において、その場所や態様等に照らし、その飼い主が当該動物の生命、身体について重大な危険があることを認識しながらあえてこれを放置した等の事情が認められる場合には、その飼い主の所有権放棄の意思が推認される場合があると解される。そして、前記認定事実のとおり、本件犬は、6月20日の深夜から翌朝に新しい飼い主らによって保護されるまでの間、井の頭公園内に放置され、その態様も、柵に短いリードで繋がれた上、口輪をされたままで体温調整もできないというもので、保護時には雨で腹や脚が濡れて泥まみれの状態となっていたことなどからすると、本件置き去り行為によって本件犬がその心身に大きな苦痛を受けたことは否定できない。しかし、本件置き去りをしたのは本件男性であり、その客観的な態様について、当時元飼い主が明確に認識していたことを認めるに足りる証拠はないこと、本件犬は、ある程度人通りも予想される井の頭公園内に放置されており、実際、その翌朝には新しい飼い主らによって保護されたこと、元飼い主も本件男性を通じて本件犬が保護されたことを認識していたことからすれば、元飼い主において、直ちに本件犬の生命、身体に重大な危険があるとまで認識していたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件置き去りの対象が愛護動物であることを考慮しても、上記の判断は左右されない。
 所有者による引渡請求の対象が愛護動物である場合には、その対象が命あるものであることに鑑みると、当該動物の占有が所有者から占有者に移転するまでの経緯、当該動物の年齢や体調等、引渡しが当該動物に与える影響その他の事情に照らし、当該動物を引き渡すことが社会通念上著しく不当であると認められる場合には、その引渡請求権の行使は権利濫用として許されないものと解される。
 元飼い主は、代々木公園での本件犬の置き去り後、二度と同じことをしない旨約束して本件犬の引渡しを受けたにもかかわらず、その後間もなく本件男性が再び本件犬を放置したのに、直ちに本件犬を連れ戻さなかったこと、その翌日には本件犬が保護されていることを認識しながら、公園管理事務所に問合せたり、遺失届を提出するなどの有効な手立てを講じなかったこと、新しい飼い主が保護していることを認識した後も、約3か月もの間、新しい飼い主に対して連絡をとらなかったことなどの事実が認められ、これらの事実からすると、元飼い主は生き物の飼い主として、非難を免れ得ない。しかし、他方で、本件置き去り自体を元飼い主がしたものではなく、元飼い主が直接に本件犬を過酷な状況に置いたわけではないこと、元飼い主は、本件犬を連れ戻したい旨述べて本件男性に協力を求め、井の頭公園まで本件犬を探しに行き、法令の期間内に遺失届を提出するなど、十分な手立てとはいえないが、本件犬を連れ戻すための行動に出ていたことも認められる。そうすると、元飼い主による一連の行為が特に悪性が強いものとまで評価することはできない。
 次に、本件犬は、高齢である上、新しい飼い主の下で長期にわたり飼養されていることからすれば、その占有が新しい飼い主から元飼い主に移されると、生活環境の変化等によって本件犬が一定程度の負担を受けることが懸念されるが、それ以上に、本件犬の健康等に対して悪影響が生じることを認めるに足りる証拠はない。むしろ、元飼い主と本件男性との関係は既に解消されており、元飼い主は、本件犬の引渡しを受けた後は、愛情を持って本件犬を飼育するつもりであり、その用意をしていることを考慮すると、今後、元飼い主において、再び本件犬が過酷な状況に置かれる危険性があるとはいえない。
 以上によれば、本件の事実関係の下で、本件犬を元飼い主に引き渡すことが社会通念上著しく不当であるとはいえないから、元飼い主による本件犬の引渡請求権の行使は権利濫用であるとの新しい飼い主の主張は、採用することができない。
 新しい飼い主において、元飼い主の下では本件犬にとって望ましい生活環境は得られないと判断し、本件犬の占有を継続したことは、やむを得ないことであったといえる。さらに、新しい飼い主は、専ら本件犬のためを思い、高齢犬となった現在まで相当の費用をかけてその飼養を継続しているが、そのことについて何ら見返りを求めていないことが認められる。以上に鑑みれば、新しい飼い主が本件犬を占有し続けたことが違法であるとは認められず、そのことによって元飼い主に慰謝すべき損害が生じたとも認められない。したがって、新しい飼い主に不法行為責任は認められない。
 よって、元飼い主の請求は、所有権に基づき本件犬の引渡しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却する。

3 その後の強制執行

 今回のケースで裁判所は、ゴールデンレトリバーのめぐちゃんを公園に置き去りにした行為自体、元飼い主が行ったものではなく、元飼い主の交際していた男性が行っていたものであったことから、元飼い主が所有権を放棄したわけではないとして、元飼い主から新しい飼い主に対するめぐちゃんの引き渡し請求を認めました。
 新しい飼い主がめぐちゃんを保護してから6年たったある日、裁判所の執行官がやってきて、高齢のめぐちゃんを抱きかかえて連れて行ったそうです。めぐちゃんが幸せに暮らせていることを祈るばかりです。
 では、今日はこの辺で、また。


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