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遺言書の押印をめぐる3つの事件

こんにちは。

 時代遅れの仕事として、よく書面での契約がやり玉にあげられています。

 とくに、印鑑は行政の文書では廃止が進んでいます。しかし、民法の世界では自分で書いた遺言書が法律上有効とされるためには、押印が必要とされています。今日はこの押印が問題となった事件を3つ紹介したいと思います。


1 指印事件

  まずは、「指印事件」(最判平成元年2月16日裁判所ウェブサイト)を見ていきましょう。母が亡くなったときに、全財産を同居して面倒を見ていた5女に与えるという遺言書が見つかりました。しかし、次男は「この遺言書は母が作成したものではない。そうでなくても、ここに押されているのは拇印であって、ハンコによる押印がないから無効だ」と提訴しました。

 最高裁判所は、「押印について指印をもって足りると解したとしても、遺言者が遺言の全文、日付、氏名を自書する自筆証書遺言において遺言者の真意の確保に欠けるとはいえないし、いわゆる実印による押印が要件とされていない文書については、通常、文書作成者の指印があれば印章による押印があるのと同等の意義を認めている我が国の慣行ないし法意識に照らすと、文書の完成を担保する機能においても欠けるところがないばかりでなく、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を害するおそれがあるものというできである」と、遺言が有効であると判決を下しました。

2 花押事件

 続いて「花押事件」(最判平成28年6月3日裁判所ウェブサイト)を見ていきましょう。親が亡くなったときに、3人の相続人のうち1人に「土地を遺贈する」という内容の遺言が作成されていたことから、土地の所有権移転登記を求めて提訴がされました。しかし、遺言書には押印がなく、花押が書かれていたことから、他の相続人が遺言の無効を主張しました。

 この点について最高裁判所は「自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書のほかに、押印をも要するとした趣旨は、遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ、我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認めがたい。以上によれば、花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである」と遺言が無効であると判決を下しました。

3 ロシア人の遺言事件

 最後に、「ロシア人の遺言事件」(最判昭和49年12月24日裁判所ウェブサイト)を紹介します。40年間日本に居住し、1年9カ月前に日本に帰化した白人系ロシア人のサホブ・ケイコが遺言を残して死亡しました。ところが、遺言書の中に押印がなかったこと、ケイコが印鑑を所有し不動産取引の際に使用していたことから、遺言の効力をめぐって裁判で争われることになりました。

 最高裁判所は、「文書の作成者を表示する方法として署名押印することは、我が国の一般的な慣行であり、民法968条が自筆証書遺言に押印を必要としたのは、その慣行を考慮した結果であると解されるから、その慣行になじまない者に対しては、この規定を適用すべき実質的根拠はない。亡きサホブ・ケイコは、かたことの日本語を話すほかは、主としてロシア語又は英語であり、交際相手は少数の日本人を除いてヨーロッパ人に限られ、日常の生活もまたヨーロッパの様式に従っていたことが認められるから、彼女の生活意識は、一般日本人とは程遠いものであったことが推認される。もっとも、彼女は自己の印鑑を所有し、不動産処理の際などに使用していたが、その使用は官庁に提出する書類など特に先方から押印を要求されるものに限られ、そうでないもの、例えば火災保険契約書の如きものについては日本国籍取得後においてもサインをするだけで押印していなかったことが認められる。今回の遺言書の如く欧文のサインがあるものについては、押印を要件としなくとも遺言書の真正を危うくするおそれはほとんどないものというべきである。よって、遺言書は有効である」と判決を下しました。

4 自筆証書遺言と押印

 2022年の段階でも、自分で書く自筆証書遺言には、原則として遺言者の押印が必要となっており、それがない場合には遺言が紙切れとなってしまいますので注意が必要です。

【民法968条1項】
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

 確実に遺言を残したい場合には、公証人に作成してもらう公正証書遺言を検討する必要があるでしょうね。

 では、今日はこの辺で、また。


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