見出し画像

こんにちは。

 今日は、船舶の事故で沈没した船の所有者に支払う賠償金をめぐって争われた「富喜丸事件」(大連判大正15年5月22日民集5巻386頁)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 富貴丸と名付けられた船を所有する株式会社村金商店は、富貴丸を賃貸して賃料収入を得ていました。大正4年4月、富貴丸が門司港を出発し、大連に向かっていたところが、濃い霧が発生し、大阪商船株式会社が所有する大智丸と衝突し、富貴丸は沈没してしまいました。村金商店は大智丸に過失があったとして、大阪商船に対して損害賠償を求めて提訴しました。その際に、沈没時の富貴丸の価格が105380円だったところ、口頭弁論終結時までに第一次世界大戦が勃発して船の価格が高騰したことから、最も高値を付けた大正6年8月時点の1902750円と、大正4年12月まで船を貸すことで得られた賃料合計16800円と、物価高騰を見込んで大正5年から大正7年までに得られたであろう賃料合計1705610円を請求しました。

2 大審院連合部の判決

 被害者が、滅失毀損当時における物の価格を基準として定められた賠償を得たときは、その被害者は将来、その物につき、通常の使用収益をして得る利益に対する賠償をも得たというべきであって、さらにこのような賠償を請求することはできない。これに反して、被害者がその特別の能力や特別な施設の他、その物の特殊な使用収益により、通常ではない利益を得ることができた特別の事情がある場合において、不法行為により使用収益を妨げられたために、その得られたであろう利益を失ったときは、不法行為と損害との間に相当因果関係がある限り、その利益喪失に対する被害者の賠償請求権を認めるべきである。
 不法行為によって生じる損害が自然的因果関係より論ずるときは、通常生じ得るものか、特別の事情によって生じたものかを問わず、また予見したもしくは予見することができたかどうかを論ぜず、加害者は一切の損害について責任を負うものといわなければならないが、その責任の範囲が広すぎると、加害者に無限の負担を負わせることになり、我々の共同生活に適しない。共同生活の関係において、その行為の結果に対する加害者の責任を問うに当たっては、加害者に一般的に観察して相当と認められ得る範囲においてのみその責任を負わせ、それ以外において責任を負わないという法理に合致し、民法709条以下の規定の精神に適したるものと解することができる。しかし、民法416条の規定は、共同生活の関係において人の行為とその結果との間に存在する相当因果関係の範囲を明らかにしたものにすぎないので、単に債務不履行の場合に限定されるべきものではない。不法行為に基づく損害賠償の範囲を定めることについても同条の規定を類推してその因果律を定めるべきである。
 物の通常の使用収益によって得ることができた利益の喪失は、不法行為によって通常生ずべき損害を包含するものであれば、被害者が物の特殊な使用収益によって得ることができた利益を喪失したとしてこの賠償を請求するには民法416条第2項の規定に準拠し、不法行為の当時において将来かかる利益を確実に得ることができたと予見しまたは予見することができる特別の事情があったことを主張し、かつ立証することを要するといわなければならない。
 損害賠償は不法行為によって生じた損害を填補することを目的するものであるが、その賠償の範囲はまずもってその滅失毀損の当時を基準としてこれを定めることを要し、その行為によって被害者に現に財産上の損害を与え、加害者がその当時の交換価格により被害者の損害を賠償する場合において、被害者の財産上の損失を填補するのであれば、その時点を基準として被害者の受けた損害の範囲を定めることは当然の理である。
 被害者は不法行為当時から判決に至るまでの間に価額が騰貴した一事をもって、直ちに騰貴価額に相当する消極的損害の賠償を請求することができるわけではない。その騰貴が仮に自然の趨勢によるものであっても、被害者は、不法行為がなければその騰貴した価額で転売するなどの処分をするか、もしくはその他の方法で騰貴した価格に相当する利益を確実に取得したであろう特別の事情があり、その事情が不法行為当時、予見しまたは予見することができた場合でなければ、そのような損害賠償の請求をすることができない。
 村金商店は、富貴丸の価額を190万2750円と主張して、本件衝突後から2年余りが経過した大正6年8月ごろの最高価額を選択したけれども、村金商店がその最高価額で処分またはその他の方法によって右価額を保有し得たという主張及び立証がなかったので、村金商店の主張を容認することはできない。

3 特別損害を予見すべきであったとき

 今回のケースで裁判所は、不法行為によって船が沈没した場合、損害賠償の額は原則として船の沈没時を基準とした価格であって、その後の価格高騰による損害は特別事情による損害であるから、高騰した価格で損害賠償請求をするには価格高騰の予見可能性、および転売による高騰利益を確実に取得できたことの証明が必要だとしました。
 また、判決では船が沈没した後の賃貸料について、たとえすでに傭船契約が存在するとしても、損害賠償の範囲に含まれないとされていたので、注意が必要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?