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民法94条2項類推適用事件

こんにちは。

 不動産投資ブームが到来すると、我先にと住宅を買いあさり、賃料収入でFIRE生活だという人が増えますが、土地や建物を買うときに、その登記名義人と実際の所有者が異なる場合があります。このような場合、登記名義を信じて不動産を購入した人はどうなるのでしょうか。

 今日はこの点を考える上で、重要となる3つの事件(最判昭和45年7月24日裁判所ウェブサイト、最判昭和45年9月22日裁判所ウェブサイト、最判平成18年2月23日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。


1 最判昭和45年7月24日

 山林を所有していた和田右近は終戦後に、農地と同様に一定の面積以上の山林を所有していると政府に買収されるとのうわさをききつけ、買収を免れるために一時的にその名義を弟の和田徳に移していました。和田右近が徳から名義を戻す際に、将来の相続と課税を考慮して自分の次男である和田恭二郎の名義を使用して登記を行いました。ところが和田恭二郎は、家出をしてお金に困ったきに、山林の登記名義が自分のものになっていることを知ったことから、恭二郎の山林ではないことを知っていた清野キヌに売却し、さらにそこから佐藤菊雄に転売され、所有権移転登記がなされました。そのため和田右近は、清野と佐藤に対して山林の所有権が自身にあることの確認を求めて提訴しました。また佐藤も、清野との売買契約の解除により損害を被ったとして、和田右近に対して反訴を提起しました。

 この点について最高裁判所は、「不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法94条2項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次(るじ)の判例によつて判示されて来たところであるが、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右94条2項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。
 登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。
 したがつて、本件不動産の所有権の帰属は、清野キヌが恭二郎との間の売買契約締結当時、右不動産が恭二郎の所有に属しないことを知っていたか否かにかかるとした上で、清野キヌの代理人として右契約の締結にあたつた清野俊男が悪意であつたと認められるため、清野キヌをもって善意の第三者ということはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする和田右近の主張を是認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということができる。
 ところで、民法94条2項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至った者をいい、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを本件についていえば、佐藤は、その主張するとおり清野キヌとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによつて佐藤が所有権を取得しうるか否かは、一に、和田右近において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上の恭二郎の所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、佐藤に対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、佐藤は、右売買契約の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たる恭二郎が本件不動産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかったものであるかぎり、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での佐藤に対する関係における所有権帰属の判断は、清野が悪意であつたことによつては左右されないものと解すべきである。
 そうすると、佐藤は、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを清野から買い受けた旨主張しているのであるから、佐藤の反訴請求の当否を判断するにあたつては、右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これをなすことなく、清野の悪意を認定しただけで、ただちに、和田右近のした仮処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、佐藤の反訴請求は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理由不備の違法があるものといわざるをえない。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、佐藤の右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。

2 最判昭和45年9月22日

 山崎スズイは、離婚後に自立するために新潟市内のカフェー「アポロ」に勤めていたところ、客の藤村半治郎と知り合い、その妾となりました。このころ山崎は独立して小料理屋を経営したいと考え、水上タネから土地を125万円で購入し、70万円については半治郎の援助を受けて支払い、山崎名義で所有権移転登記をしました。ところが、半治郎はスズイが他の男と浮気をしているとのうわさを聞き付けたことから、スズイに無断で実印と権利証を使用して、自己名義に所有権移転登記をしました。すぐさまスズイはこの事実を知ることになったので、半治郎は謝罪し、登記名義をスズイに回復することを約束しました。しかし、登記を戻すのに2万8000円が必要だとわかったことから、スズイたちはそれを先延ばしにしていました。その後、スズイと半治郎は結婚することになり、スズイは半治郎名義の土地を担保に銀行からお金を借りて建物を建てました。しかし、2人が離婚することになり、半治郎がスズイに財産分与を求めたところ、スズイは半治郎名義になっている土地建物の所有権移転登記の抹消手続きを求めました。すると、半治郎は関口トシ子に対して、自分名義の土地建物を240万円で売却する契約を結び、所有権移転登記をしてしまいました。そのため、スズイはトシ子に対して、所有権移転登記の抹消登記手続きを求めて提訴しました。

 この点について最高裁判所は、「不動産の所有者が、真実その所有権を移転する意思がないのに、他人と通謀してその者に対する虚構の所有権移転登記を経由したときは、右所有者は、民法94条2項により、登記名義人に右不動産の所有権を移転していないことをもって善意の第三者に対抗することをえないが、不実の所有権移転登記の経由が所有者の不知の間に他人の専断によってされた場合でも、所有者が右不実の登記のされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示または黙示に承認していたときは、右94条2項を類推適用し、所有者は、前記の場合と同じく、その後当該不動産について法律上利害関係を有するに至った善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を取得していないことをもって対抗することをえないものと解するのが相当である。
 不実の登記が真実の所有者の承認のもとに存続せしめられている以上、右承認が登記経由の事前に与えられたか事後に与えられたかによって、登記による所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護に差等を設けるべき理由はないからである。
 原審の認定するところによれば、山崎スズイは、その所有する土地につき昭和28年に藤村半治郎がスズイの実印等を冒用してスズイから半治郎に対する不実の所有権移転登記を経由した事実をその直後に知りながら、経費の都合からその抹消登記手続を見送り、その後昭和29年に半治郎との婚姻の届出をし、夫婦として同居するようになった関係もあって、右不実の登記を抹消することなく年月を経過し、昭和31年にスズイが株式会社新潟相互銀行との間で右土地を担保に供して貸付契約を締結した際も、半治郎の所有名義のままで新潟相互銀行に対する根抵当権設定登記を経由したというのであるから、スズイから半治郎に対する所有権移転登記は、実体関係に符合しない不実の登記であるとはいえ、所有者たるスズイの承認のもとに存続せしめられていたものということができる。
 してみれば、昭和32年9月に右土地を登記簿上の所有名義人たる半治郎から買い受けたものと認められている関口トシ子が、その買受けにあたり、右土地が半治郎の所有に属しないことを知らなかったとすれば、スズイは、民法94条2項の類推適用により、右土地の所有権が半治郎に移転していないことをもってトシ子に対抗することをえず、トシ子の所有権取得が認められなければならない筋合いとなる。

3 最判平成18年2月23日

 日本道路公団に対して、九州自動車高速道路用地を売却して代替地を取得した者が、大分県土地開発公社の職員の紹介により大分市の土地建物を7300万円で購入しました。しかし、代替地取得者は、当分の間これを使用する予定がなかったので、その職員に土地を第三者に賃貸することの事務を依頼していました。その後、代替地取得者は職員に言われるままに、土地の権利証を預けていたところ、職員はその権利証を用いて土地の名義を代替地取得者から職員名義に変更し、さらに職員から加来満治に不動産を売却するという契約が結ばれ、満治への所有権移転登記手続がなされました。そのため、代替地取得者は職員らに対して、所有権移転登記の抹消を求めて提訴しました。

 この点について、最高裁判所は「代替地取得者は、大分県土地開発公社の職員に対し、不動産の賃貸に係る事務及び土地についての所有権移転登記等の手続を任せていたのであるが、そのために必要であるとは考えられない本件不動産の登記済証を合理的な理由もないのに職員に預けて数か月間にわたってこれを放置し、職員から土地の登記手続に必要と言われて2回にわたって印鑑登録証明書4通を職員に交付し、本件不動産を売却する意思がないのに職員の言うままに本件売買契約書に署名押印するなど、職員によって本件不動産がほしいままに処分されかねない状況を生じさせていたにもかかわらず、これを顧みることなく、さらに、本件登記がされた平成12年には、職員の言うままに実印を渡し、職員が代替地取得者の面前でこれを本件不動産の登記申請書に押捺したのに、その内容を確認したり使途を問いただしたりすることもなく漫然とこれを見ていたというのである。そうすると、職員が本件不動産の登記済証、代替地取得者の印鑑登録証明書及び代替地取得者を申請者とする登記申請書を用いて本件登記手続をすることができたのは、代替地取得者の余りにも不注意な行為によるものであり、職員によって虚偽の外観(不実の登記)が作出されたことについての代替地取得者の帰責性の程度は、自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いものというべきである。そして、加来満治は、職員が所有者であるとの外観を信じ、また、そのように信ずることについて過失がなかったというのであるから、民法94条2項、110条の類推適用により、代替地取得者は、職員が本件不動産の所有権を取得していないことを加来満治に対し主張することができないものと解するのが相当である。

4 登記名義を信じても保護されないのが原則

 今回のケースで裁判所は、登記の名義人と実際の所有者が異なる虚偽の所有権移転登記がされたときに、所有者が自らこれに積極的に関与した場合や、これを知りながらあえて放置した場合、さらには代理人に漫然と実印や土地の権利証を渡したことで虚偽の所有権移転登記がなされ、所有者がこの事実を知らなかったとしても、登記名義を信じて不動産を購入した第三者を民法94条2項を類推適用することによって保護するとしました。
 一般的には、登記名義を信じて不動産を購入し、後で所有者が別人だったと判明しても購入者は保護されませんが、例外的に民法94条2項を類推適用して保護される場合があるということに注意が必要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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