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硝子体手術説明不足事件

 こんにちは。

 胸が熱くなった作品の1つに山崎豊子さんの『白い巨塔』があります。

テレビドラマでは、田宮二郎さんが主演したもの

唐沢寿明さんが主演したもの

岡田准一さんが主演したもの

すべて魅力があり、時代を超えて楽しめる作品となっています。

 そんな中で、唐沢バージョンの元ネタになったのではないかと思われる「硝子体手術説明不足事件」(名古屋地判昭和59年4月25日判例タイムズ540号276頁)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 弱視だった宮本さんは、奈良県立医科大学付属病院で糖尿病性網膜症と診断され、投薬治療を受けていましたが、あるときに名古屋市にある病院を訪れ、杉田医師から「糖尿病性網膜症は絶対に治らない。長く生きておれば必ず失明するから、あなたが生きている間に失明しないように一生懸命やって治します」、「この手術は失明しないようにするためにやるもので、心配はいらない。私にまかせておきなさい」、と言われたので、手術することを承諾しました。しかし手術中に網膜からかなりの出血があったことから、手術は中止され、その後に視力は回復せずに失明に至りました。そのため宮本さんは、硝子体手術の危険性について説明がなかったとして、杉田医師と医療法人社団同潤会を相手に慰謝料など約3326万円の損害賠償を求めて訴えを提起しました。

2 宮本さんの主張

  杉田医師は私に対して、硝子体手術の内容について単に網膜の水を取る手術であるなど、まったく虚偽の説明を行い、かつ、失明の危険性については一切の説明をせずに手術を実施しました。もし、杉田医師から手術の内容、危険性について説明を受けていたなら、当然ながら手術を拒否していたし、手術によって直ちに失明することはなかったと思います。

3 杉田医師の主張

 宮本さんの場合、その病態が極めて進行の速いもので、時間がたてば手術の成功率も低下していくことから、唯一、最後の治療方法である硝子体手術を速やかに行う必要性と緊急性があった。
 担当医として自ら認識し知識として有する一切の理解を披露説明して、治療方法の指導をするべきであるとする考え方は、あまりにも理念的すぎる。医療は患者の病状を何とか救おうとするものであり、そのために必要な治療方法の内容の指導をするべきものである。
 宮本さんの病状は血管が脆弱になっていて、自然に血管が損傷し出血してくる病態に陥っており、遅かれ早かれ失明することは避けられず、これを治療する唯一最後の治療法として硝子体手術しかないことを十分認識し、私の病院で最後の治療を受けたいとの意図をもって、手術療法の説明を受けにきて、その実施を承諾していたので、私にはなんら医師のなすべき説明に欠けるところはなかった。

4 名古屋地方裁判所の判決

 杉田医師は手術の危険性の程度に関して一切説明をしないで、宮本さんの承諾を得たことが認められる。杉田医師が説明義務を十分に履行しなかったことにつき過失があるものといわねばならない。
 従って、病院側は、杉田医師の説明義務違反により不完全な履行をなしたものであるから、宮本さんの被った損害を賠償する責任がある。また杉田医師も過失ある診療行為をしたので、宮本さんの受けた損害を賠償する責任がある。
 よって、杉田医師と病院はそれぞれ330万円を支払え。

5 どこまで説明する義務を負うのか?

 今回のケースのように、治療行為自体に医療ミスがなかったとしても、治療を選択する段階で患者に十分な説明をしていなかたことを理由に損害賠償が認められることがあります。

 しかし、どの程度まで説明すべきかについては、現段階ではまだ明確になっているとは言いがたいでしょう。唐沢さん演じる財前教授が述べていたように、「助かりたいなら、手術するしかないということです、ご理解いただけたら同意書にサインをお願いします」「私は患者を救おうとしたんだ、何が悪い!」という声が聞こえてきそうですね。

では、今日はこの辺で、また。


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