見出し画像

沖縄うりずんの雨事件

こんにちは。

 今日は、映画のワンシーンで使われた映像の著作権が問題となった東京地判平成30年2月21日と知財高判平成30年8月23日を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 平成16年8月13日、沖縄国際大学にアメリカ軍のヘリコプターが墜落し、その事故直後の現場について琉球朝日放送株式会社が撮影取材を行っていました。その後、撮影された映像の一部は、報道番組「検証 動かぬ基地」において使用されました。株式会社シグロは、平成27年ごろに『沖縄 うりずんの雨』と題する148分のドキュメンタ リー映画を製作し、平成27年6月20日から、全国各地の映画館において上映し、その後、DVDも販売していました。 ところが、映画の中で、琉球朝日放送の映像が無断で合計34秒使用されていたことから、琉球朝日放送はシグロに対して著作権侵害を理由に約411万円の支払いを求めて提訴しました。これに対して、シグロは琉球朝日放送に2度にわたって使用許諾申請をしていたにもかかわらず、拒絶して提訴するという一連の行為が共同の取引拒絶として独占禁止法に違反することを理由に、1392万円の損害賠償を求めて反訴を提起しました。

2 東京地方裁判所の判決

 著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定する。ここで単に「利用することができる」ではなく、「引用して利用することができる。」と規定していることからすれば、著作物の利用行為が「引用」との語義から著しく外れるような態様でされている場合、例えば、利用する側の表現と利用される側の著作物とが渾然一体となって全く区別されず、それぞれ別の者により表現されたことを認識し得ないような場合などには、著作権法32条1項の適用を受け得ないと解される。また、当該利用行為が「公正な慣行」に合致し、「引用の目的上正当な範囲内」で行われたことについては、著作権法32条1項の適用を主張する者が立証責任を負担すると解されるが、その判断に際しては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、著作権者に及ぼす影響の有無・程度などを総合考慮すべきである。
 本件映画は、資料映像・資料写真とインタビューとから構成されるドキュメンタリー映画であり、その中で資料映像として使用されている本件各映像は、テレビ局である琉球朝日放送の従業員が職務上撮影した報道映像である。そして、本件映画のプロローグ部分のうち、シグロ制作部分は、画面比が16:9の高画質なデジタルビデオ映像であり、他方、本件使用部分は、画面比が4:3であり、シグロ制作部分に比して画質の点で劣っているから、シグロ制作部分と本件使用部分とは、一応区別されているとみる余地もある。
 しかし、本件映画には、本件使用部分においても、エンドクレジットにおいても、本件各映像の著作権者である琉球朝日放送の名称は表示されていない。シグロは、上記のとおり本件映画において琉球朝日放送の名称を表示しない理由について、映像の出所は劇場用映画などからの引用の場合以外は表記しないとか、資料写真の出所は写真家の名前を伝える必要がある場合に限って表記するなど、制作上の方針を主張するにとどまり、本件映画のようなドキュメンタリー映画の資料映像として報道用映像を使用するに際し、当該使用部分においても、映画のエンドクレジットにおいても著作権者の名称を表示しないことが、「公正な慣行」に合致することを認めるに足りる社会的事実関係を何ら具体的に主張、立証しない。シグロが提出する証拠は、「公正な使用(フェア・ユース)の最善の運用(ベスト・プラクティス)についてのドキュメンタリー映画作家の声明」であり、フェアユースに関する規定を有する米国著作権法を念頭に置いたものであるが、同声明においても、「歴史的シークエンスにおける著作物の利用」に関し、「この種の利用が公正であるという主張を支持するためには、ドキュメンタリー作家は以下の点を示すことができねばならない。」として、「素材の著作権者が適切に明確化されている。」とされており、何らかの方法により素材の著作権者を明確化することを求めているのである。 実質的にみても、資料映像・資料写真を用いたドキュメンタリー映画において、使用される資料映像・資料写真自体の質は、資料の選択や映画全体の構成等と相俟って、当該ドキュメンタリー映画自体の価値を左右する重要な要素というべきであるし、テレビ局その他の報道事業者にとって、事件映像等の報道映像は、その編集や報道手法とともに、報道の質を左右する重要な要素であり、著作権法上も相応に価値が認められてしかるべきものであるから、ドキュメンタリー映画において資料映像を使用する場合に、そのエンドクレジットにすら映像の著作権者を表示しないことが、公正な慣行として承認されているとは認め難いというべきである。
 そうすると、総再生時間が2時間を超える本件映画において、本件各映像を使用する部分(本件使用部分)が合計34秒にとどまることを考慮してもなお、本件映画における本件各映像の利用は、「公正な慣行」に合致して行われたものとは認められない。
 よって、株式会社シグロは、その映画を上映してはならず、また琉球朝日放送に対して約51万円を支払え。

3 知的財産高等裁判所の判決

 シグロは、①「公正な慣行」の立証責任を利用者の側に負わせるべきではない、②本件における引用の抗弁の成否に関しては、琉球朝日放送が本件各映像の利用を許諾しなかった理由こそが考慮されてしかるべきである、③エンドクレジットへの掲載は賛辞を意味するという「公正な慣行」が存在するため、シグロとしては、許諾申請が拒否された以上、琉球朝日放送の許諾があったかのような記載を避ける必要があった、④そもそも出所を明示していないことを理由に引用の抗弁を退けること自体が誤りである、などと主張する。
 しかしながら、次のとおり、上記各主張はいずれも採用できない。 上記①について、著作権法32条1項は、飽くまで著作権行使の制限規定である以上、その適用については、基本的に適用を主張する側が要件充足の主張立証責任を負うものと解するのが相当である。
 上記②について、著作権法32条1項は著作権の制限規定であって、これによって認められる引用はそもそも著作権者の許諾がなくとも適法とされるのであるから、適法引用に当たるかどうかを判断するのに当たって、権利者が著作物の利用を許諾したかどうかや、許諾しなかった場合のその理由が考慮の対象になる余地はないというべきである。
 上記③について、原判決が指摘しているのは、エンドクレジットにすら映像の著作権者を表示しないことが公正な慣行として承認されているとは認められない、ということであって、原判決は、エンドクレジットに琉球朝日放送の名称を表示すれば直ちに適法引用として認められる、とするものではない。そこで問われているのは、飽くまで出所明示の要否であって、エンドクレジットに琉球朝日放送の名称を記載しなかった理由それ自体が問題にされているわけではないから、シグロの主張は失当である。
 上記④について、著作権法32条1項が規定する適法引用の要件として常に出所明示が必要かどうかという点はともかくとしても、少なくとも本件においては出所明示がなされるべきであったと認められることは、前記のとおりである。
 よって、当裁判所も、本訴請求については、原判決が認容した限度で認容し、その余をいずれも棄却し、反訴請求については、その請求を全部棄却するのが相当であると判断する。

4 引用における公正な慣行

 今回のケースで裁判所は、沖縄戦や米軍基地問題に焦点を当てたドキュメンタリー映画「沖縄 うりずんの雨」を制作した株式会社シグロが、 琉球朝日放送の映像を許可なく利用したことについて、著作権侵害を理由に上映差し止めと約51万円の損害賠償を認めました。
 令和元年6月27日に最高裁が上告を退け、高裁の判決が確定しましたが、使用された映像の画像比率が異なっているだけでは、引用した映像と自分の作成した映像とが明確に区別されるわけはないとされた点に注意が必要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?