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ニセ集金人への支払事件

こんにちは。

 この世界には自分にそっくりな人が3人いると言われていますが、実際に友達に貸していたお金を取り立てるときに、「さっき、おまえにお金を返したで」と言われると、たまったもんじゃないでしょう。

 法律の世界では、債権者らしい人に対してお金を支払った場合に、その支払いが有効かどうかをめぐって裁判に発展することがあります。一体、法律上、どのようなことが問題となるのかを考える上で「ニセ集金人への支払事件」(最判昭和37年8月21日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 特殊鋼工具類の製造販売しているタンガロイ工業株式会社は、東京特別調達局との間で、連合軍調達物資としてチップやノズルなどを追浜兵器廠に納品する対価として約122万円を受け取るという契約を締結しました。その後、タンガロイの社員の三田元彦と名乗る者がやってきて、東京特別調達局が発行した受理書と代金支払請求を経理部に提出したので、東京特別調達局は122万円を支払い、領収書を受け取りました。ところが、再びタンガロイの社員の木村勇がやってきて、代金の支払を請求してきたので、東京特別調達局はすでに三田元彦に代金を支払済みだとして、その支払いを拒絶しました。すると、タンガロイが代金の支払を求めて国を提訴しました。

2 タンガロイ工業の主張

 連合国から納品受領書が送られてきて、それと支払請求書を東京特別調達局に提出すると、受理書が発行され、これを経理課に提出して現金を受け取るという手続でした。しかし我が社にはそもそも三田元彦という社員はおりません。その三田元彦と名乗る人物が持参した受理書をよく見てみると、我が社が以前にそちらから交付された受理書とは全く別物だったんです。我が社の受取人欄には山田元彦と記載されていたのに、偽物の受理書には山を消して三田元彦と記載されていたり、受理書に記名捺印してチェックしていた人物が異なります。また三田元彦と名乗る者が提出した代金領収書は、あらかじめ白紙に我が社の社員及びその代表者の印を押しておき、これにタイプライターで文言を打ち込んで作成されたものであるが、このことは、東京特別調達局の係官が、支払の際、文書の裏側から見るなど少し注意すれば容易に発見できたはずなので、東京特別調達局に過失があったといえる。だから再度代金を支払ってもらいます。


3 法務大臣中村梅吉の主張

 三田元彦と名乗る者が、タンガロイ工業の代理人として、物品代金の支払を請求してきたので、我々は支払ったまでです。三田元彦と名乗る者が提出した代金領収書と受理書には形式的な不備はなかったので、タンガロイ工業の代理人として、物品代金債権を行使する権限があると認めるに足りる外観を備えた者ということができます。民法478条によれば、我々が善意無過失で代金を支払っていたのであれば、その支払は当然に有効なものとなるはずです。

4 最高裁判所の判決

 弁済手続に数人の者が段階的に関与して一連の手続をなしている場合にあっては、その手続に関与する各人の過失は、いずれも弁済者側の過失として評価され、その一連の手続のいずれかの部分の事務担当者に過失があるとされる場合は、たとえその末端の事務担当者に過失がないとしても、弁済者はその無過失を主張しえないものと解するのが相当であって、従って、東京特別調達局は、他に特段の事情がない限り、弁済につきその無過失を主張することは許されず、今回の弁済を有効となしえない筋合である。よって、原判決は破棄し、東京高等裁判所に差し戻す。

5 受領権者としての外観を有する者への弁済

 今回のケースで裁判所は、債権者の代理人を名乗って債権を行使する者に対して民法478条が適用されるとしつつ、国による代金の支払いに過失があたので、受領権者としての外観を有する者への代金の支払いが有効ではないとしました。
 すると国は、ニセの集金人を探し出して、代金の返還を求めることになりますので、これを防ぐためにも手続にミスがないかのチェックや本人確認などを徹底することが重要でしょうね。

では、今日はこの辺で、また。


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