終・歪み愛 1「1」
[齋藤さーん。
あぁ、ほんとだ。ほんとに目覚ましてる。]
[あのー、齋藤さんね。
起きてすぐ聞くのもアレなんだけど。]
[ご自分のお名前、言ってみてもらえますか?]
「なま...え...?じぶん......の...?」
[そうそう。自分の。]
「......?...っ...と.........〇...〇?」
[あーそうそう。〇〇さんね。齋藤〇〇さん。]
[...よかったー。
ご自分のお名前覚えてらっしゃってて...]
[で...じゃあ、齋藤さん。
ここがどこだかわかりますか?]
「......?びょ......いん......?」
[うん。そうそう。病院ね。]
[よかった。
そこらへんははっきりしてるっぽいね。]
[田村さん。明日にでもすぐ齋藤さんの検査したいから、もう今その予約お願いできる?]
[はい!分かりました!]
[ん。ありがとー。]
[ほい。じゃあ齋藤さん。聞こえてたと思うけど
明日、改めて体の方を検査します。]
[まぁ目が覚めたから
一応、もう大丈夫だとは思うんだけど...]
[背中の刺創、結構深かったし。
出血もかなりの量だったから、念の為にね。]
「......?」
背中のししょう?出血?
目の前の人の言っていることがわからない。
でも、だから背中に
酷い痛みを感じるのだと妙に納得した。
[ありゃ...?もしかして齋藤さん。自分がなんで病院にいるのかわかってなかったりする?]
「......」
[あらー、そっか。んー......]
[...ま、検査やって。ある程度、齋藤さんの意識がはっきりしてきたらもう一度聞きますから。]
[それまでは一応、ここで絶対安静にし...]
『〇〇っ!!』
突然、扉が開いたと思ったら
名前を呼ぶ声と共に部屋に入ってきた女の子。
その子のことは初めて見たはずなのに
何故かとても懐かしくて
そして、頭にチクリと何か刺さる感じがした。
...
...
...
『〇〇おはよう?今日も会いに来ちゃった!』
「はははっ、うん。おはよ。」
僕が目覚めてから、今日で1週間が経つ。
まだ背中の刺し傷が少し痛むけど
今ではもう自力で体を起こせるようになって
あと少し体が回復したら
次は麻痺してる足のリハビリをするんだとか。
「来てくれてありがとう。」
「一ノ瀬さん。」
美空 : あああっ!も〜!!
また美空のこと"一ノ瀬さん"って呼んでる!
美空 : 美空いっつも言ってるよね?美空って呼んでって!
そう言いながら、いつものように
ベッド脇から椅子を出して座る、一ノ瀬さん。
「ご...ごめん。」
「なんか、やっぱり中々呼び慣れなくて。」
美空 : でも、美空たち付き合ってるんだよ?
美空 : 〇〇は美空と付き合ってること忘れちゃったのかもしれないけど...!
一ノ瀬さんの話によると
僕と一ノ瀬さんは付き合っている......らしい。
"らしい"っていうのは
怪我で僕がその記憶を無くしてしまったから。
出血性ショックによる記憶障害。
病院の先生に話を聞かれているうちに判明した
多量出血による低酸素脳症の後遺症の1つ。
僕の場合
"大学から出来た対人関係とその出来事"
それに関する記憶が
すっぽり抜け落ちてしまっているのでは?
と。そう、先生と話している時に言われて。
そう言われれば確かに、
僕は自分が大学生であるという自覚はあっても
大学で何をしていたのか
大学に入学してから何があったのか
大学での友人関係はどんなだったのか
それらの事が全て、頭にモヤがかかったように
何も思い出せなくなっていた。
「っ......」
「そう...なんだよね?ごめん。」
美空 : ...だめ!
美空 : ギューしてくれないと許さないから!
「へっ...?はぁ......ふふっ」
「じゃあ、おいで?」
美空 : えっ!?いいの?
「うん。だって、そうしないと僕のこと許してくれないんでしょ?」
「あ、でもあんま強くしないでね?背中のとこ、まだ痛いっちゃ痛いから...」
美空 : うん!うんうんうん!じゃあぁぁ...
美空 : ギューっ!!!
一ノ瀬さんがさらに近くによってきて
僕のことを抱きしめる。
すると何故か急にドキドキし始めた心臓
じんわり、ほんのり体温が上がっていく感覚
なんかこう、うまく言い表せない...けど
今この瞬間が人生で一番"幸せ"だって思った。
「そういえば先生から聞いたんだけど、いち...美空なんでしょ?救急車呼んでくれたの。」
「扉の隙間から血が漏れ出てたとかで...」
美空 : えっ!?...あ!あぁ〜!う、うん!
「...ありがと。もし美空が呼んでくれなかったら僕、ほんと死ぬとこだったらしくてさ。」
「だから...
僕が今生きてるのは美空のおかげだよ。」
抱きしめながら伝え、改めて顔を見合わせる。
美空 : えへへへっ!
すると、一ノ瀬さんは
ニコニコと笑って再び僕のことを抱きしめた。
美空 : ...美空ね?今の〇〇が美空のこと覚えてなくたって、今の〇〇も大大大好きだよ!
美空 : 今の〇〇は美空こと好き?
耳元で彼女に聞かれる。
答えは、まだ何となくだけど決まっていた。
「...うん。好きだよ。」
「"僕は"美空のことが好き。」
でも、そう答えたら
"俺は"
僕の声に似た声がノイズみたいに聞こえて
「っ...」
少しだけ頭がズキンと痛んだ。
美空 : えへへ!やった!
けど、その痛みを美空の声がかき消していく。
いったい、今の声は何だったんだろう。
そう不思議に思いながらも
僕はすぐ、意識を美空に向けなおす。
美空 : じゃあ、〇〇?
「ん?」
美空 : 今度こそ美空とずっと一緒にいようね?
美空 : だって、〇〇は美空のなんだから。
美空 : 約束だよ?
「うん。」
そう答えて、一瞬
美空の笑顔が一瞬だけ見えたと思ったその瞬間
僕は彼女と唇を重ねた。
End
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?