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『青菜炒め』は強めの火で、すばやく加熱せよ

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。14回目のテーマは『青菜の炒め物』と『もやし炒め』。わずか3分でつくれる簡単な定番料理ですが、お店のようにポリポリした食感と適度なやわらかさに炒めるコツをご紹介します。

今日のテーマは「青菜の炒め物」。中華料理屋さんの定番メニューの一つです。「家庭ではプロとは火力が違うから無理だよ」という意見もありますが、たしかに家でつくっては見たものの「なんかイマイチ……」と思った経験はないでしょうか。

今日は夏が旬の空芯菜の炒め物をつくります。調理開始から終了まで3分とかからないスピードメニューなだけに、出来、不出来には段取りが大きく影響します。お店の味にするなら鶏ガラスープ、あるいは化学調味料を少し入れたほうが近づきますが、今回は酒でうま味を足します。あっさり目の青菜炒めです。

空芯菜の炒め物

材料(2人前)

空芯菜  200g(一パック)
にんにく 1片
赤唐辛子 1本(種を抜く)
植物油  大さじ2(今回はごま油)
塩    ひとつまみ(0.6g〜1.0g相当)
日本酒  75cc
醤油   小さじ½

1.空芯菜は4cm幅に切り、水でよく洗う。

*青菜の旬と空芯菜について
今日は夏が旬の空芯菜を使っていますが、秋には青梗菜(チンゲンサイ)が、冬には小松菜やほうれん草が出てきます。春先の春菊を使ってもいいですし、施設栽培の豆苗であれば年中、同じように炒め物にすることができます。

また、今回使用した空芯菜は1パックおおよそ200gでしたが、物によっては150gの場合も。量が少ない場合は油脂や調味料の量を控えましょう。

2.ザルに上げて水気をよく切る。

*炒め物と水の関係
炒め物の成功の秘訣は水を味方につけることです。特にたくさんの量の野菜を炒める場合には水切りは重要。野菜の表面に水分が付着していると、フライパンの表面温度が下がる→加熱時間が余分にかかる→野菜に火が通り過ぎる=水っぽい仕上がりになってしまいます。

3.調味料を計って、フライパンの横に並べる。

*準備の重要性について
フランス語で料理の準備や下処理のことをミザンプラスmise en placeと言います。直訳すると「あるべき場所にものを置く」。日本語にすると配置でしょうか。炒め物は数分で勝負がつくので、慌てないように調味料や道具は手元に並べておきましょう。

塩の量の目安はひとつまみ=親指、人差し指、中指の3本の指でつまんだ量がだいたい0.6g〜1gと言われています。とはいえ男性と女性、性格が大胆な人と慎重な人では異なるので、最近は0.1g単位まで計量できるデジタルスケールが安価で販売されているので計るのが一番ではあります。

4.フライパンにごま油大さじ2、にんにく1片分のスライスを入れて、中火にかける。

*ニンニクの香りは油脂にうつるのか?
油の量はやや多めです。炒め物は油をたっぷり使います。この油が食材のまわりに付着することが、高温、短時間での加熱に繋がるからです。

ところで、よくこの工程を「ニンニクの香りを油脂にうつす」という風に表現します。しかし、この表現は正しいのでしょうか?

このことは簡単な実験で確かめることができます。ニンニク1片のスライスと浸るくらいの油をフライパンに入れ、中火にかけます。ニンニクが色づいてきたところでとりだします。この時、部屋にはニンニクの香りが漂っているはずです。しかし、油を冷ましてから味見すると、やや香ばしさは感じるものの、ニンニクの香りはほとんどしません。油脂にニンニクの香気成分が溶けているわけではないのです。

では、この工程には意味がないのでしょうか? いいえ、そうではなく、ニンニクを加熱することで風味を良くし、この後に入れる水分に風味が抽出されやすい状態にしているのです。

ちなみにネギや生姜の香りは性質が異なり、揮発せずに油脂に溶けます。また、プロのキッチンでガーリックオイルをつくる場合、低温の油(100度以下)にニンニクを入れ、長時間加熱した後、ニンニクを入れた状態で冷ましています。こうすることで香りがうつるのです。

5.ニンニクがかすかに色づいたら火を強めて、赤唐辛子、空芯菜を加える。

*炒め物の科学
炒め物は中国料理の基本で、英語ではQuick stir-flyと言います。ステアはかき混ぜる、フライは油で炒めるという意味で、素早く加熱する調理法です。この調理法の特徴は野菜をいきなり70℃以上の温度で熱すること。そうすることで酵素の働きを抑え、色が悪くなるのを防ぎ、栄養素の損失も最小限に抑えています。

炒め物の目標は野菜のポリポリとした食感を残しつつも、食べられる軟らかさになっていること。野菜がやわらかくなりすぎて、水っぽくなってしまったら失敗です。

失敗の原因は加熱のしすぎです。野菜に火が通りすぎると、細胞壁が壊れ、なかから水が出てきてしまいますので、それよりも前の段階で加熱を止める必要があります。加熱が足りない状態と、加熱しすぎた状態はほんの紙一重です。

火の通り方がバラバラの野菜を同時にゴールさせるには技術が必要。そのため、炒め物のコツは野菜を一種類ずつ炒めることです。完璧な味にするためには一つに集中しましょう。

6.軽く混ぜてすぐに日本酒を加え、すぐに蓋をして1分間加熱する。

*蒸気の力で上下から一気に加熱する。
フライパンに接している部分は加熱されますが、上部は加熱されません。そこで酒を加えることで上下から一気に加熱します。それによって加熱時間が短くなるので、結果として炒めすぎを防ぐことができます。

そもそも野菜の加熱に高温は必要ないのです。ですから〈プロのキッチンと家庭では火力が違うので青菜炒めが上手にできない〉という意見は言い訳に過ぎないことがわかります。

ただ、中国料理店のように高温の火力で鶏ガラスープを蒸発させ、その蒸気で野菜に火を通す手法は、家庭のキッチンの火力では不可能です。そこであらかじめフライパンを熱し、そこに水分(家庭で鶏ガラスープを用意するのは難しいので、ここでは日本酒を使っています)を加え、蒸気の力で一気に加熱する方法をとっています。

中華料理店のなかにはあらかじめ鶏スープなどで下茹でした野菜を炒めているところもあります。たしかに下茹ですれば効率よく加熱できるので、最終的な加熱時間は短くできます。下味もつきますし効率的な方法ですが、家庭では下茹でに使ったスープがもったいないので、今回この方法は採用していません。

7.蓋を開けて、混ぜながら調味料(塩、醤油)で味をつける。九分通り火が通ったところで器に盛り付ける。

*最後の加熱はお皿の上で。
あらかじめ用意しておいた調味料は仕上げのタイミングで加えます。野菜に火が通ってから調味料を加えることがポイントで、そうすることで浸透圧によって野菜から水分が出てくることを防ぎます。

スタートからゴールまでの所要時間はおよそ3分。水分の多い野菜は火が通るのが早いので、九分通り火が通ったら皿に移します。そうすると食べる頃にはちょうど良く火が通っています。炒めている途中に、油が跳ねてくるようであれば加熱しすぎのサイン。次に炒める時は炒める時間をもっと短くしましょう。

シャキシャキもやし炒め

次にもやしを炒めてみましょう。水分が出てきやすいもやし炒めを完璧につくることができれば他の炒め物も上手にできるので腕試しには最適。

材料(2人前)

もやし   300g
オリーブ油 大さじ1
にんにく  1片(潰す)
日本酒   大さじ2
塩     1.5g(軽くふたつまみ)
醤油    小さじ1/2
黒コショウ

1.もやしは50℃〜55℃の湯で洗う。

*お湯に通して、もやしをシャキシャキに
中国料理店ではもやしを水に浸けて保存しているところが多いようです。そうすることでもやしのシャキシャキ感が増します。

今回は水道の蛇口から出る熱い湯でもやしを洗うことで、植物の表面にある気孔が開き、水分を吸収します。これをヒートショック効果といい、もやしの褐変現象を防ぐためにも使われている方法です。(『緑豆もやしの酵素的褐変のヒートショック処理による抑制』鮫島那奈他 日本食品科学工学会大会講演集)

また、もやしの温度をあらかじめ上げることでフライパンの温度低下も防げるので好都合30秒〜1分間、湯につけると写真のようにもやしは元気を取りもどします。

2.調味料を準備する。

*青菜の炒めとの違い
もやしは元々、水分が多いため日本酒の量はかなり控えめです。

3.フライパンにオリーブオイルとニンニクを入れ、中火にかける。

*ニンニクの形状と香りの違い
さきほどはスライス、こちらは丸ごとです。当然、表面積の大きいスライスのほうが香りが強く出ます。香りの弱いもやしにあわせて、ニンニクを表に出しすぎないことが大事。同様の理由でごま油ではなくオリーブオイルを使っています。ふつうのサラダ油でもいいでしょう。

4.もやしを入れて、炒めていく。火が通ったら調味料を加える。

*もやしを炒める時、蓋はしない
水分が多く、火が通りやすいもやしは蓋をする必要なし。ここからは時間との勝負です。もやしは青菜と違って、火の通り具合が外からわかりづらい野菜なので、時々食べてみて青臭さが抜けたか、確認します。

また、重要なのは鍋を煽らないことです。鍋を煽ろうと火から離すと温度が下がってしまうからです。プロの料理人は鍋を煽り、中身をかき混ぜながら炒めますが、それは強い火力があってこそ。家庭の火力ではフライパンを火から外さないほうが上手につくれます。

目安は箸で持ったときにしっかりと立っている状態。お辞儀するようでは火の通しすぎです。火が通ったら調味料を加えて手早く混ぜ、器に盛り付けます。

5.皿に盛り、黒コショウを振る。

完成です。もやしはシャキシャキで、水が出すぎていないのが理想。上手に作れればもやしが思いのほか力強い味の野菜だとわかります。

それもそのはず。もやしは豆(ここでは緑豆)を発芽させたもので、生命そのものの味だからです。芽や根をとりのぞくと上品に仕上がると言いますが、そう考えるとややもったいない気がします。もやしの風味は芽や根にもあるのですから。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!