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酵母エキスを学ぶ〈マーマイトコンソメの作り方〉

以前、ほんだしのテクニックという記事で酵母エキスという原材料に言及しました。

添加物に分類されるうま味調味料と違い、酵母エキスは食材に分類されるのでいわゆる「無添加」を謳う食品に広く使われています。今日は顆粒コンソメやほんだしなどの出汁素材をはじめ、ソースなどの加工品、冷凍食品などに使われている酵母エキスについて学びましょう。

生物を学んだ人であれば酵母エキスと聞くと「え、あの培地に溶かすやつでしょ」と思うかもしれません。調味料分野で使われているものと培地用では成分がちょっと違いますが、酵母を培養し、抽出する製造工程は一緒。酵母エキスに使われているのはビール酵母やパン酵母、トルラ酵母など。(トルラ酵母は聞き慣れない名前かもしれませんが、醤油の熟成酵母としても知られています)

例えばビール酵母を原料とする場合はビールを醸造した後に、酵母菌を分離、洗浄して、適正な処理をしておけば自己消化が進むので、アミノ酸類やペプチドといったうま味成分が生成されます。この分解物から不要な成分を除去し、濃縮すれば出来上がり、というわけです。ただ、そのままでは酵母の匂いが強いので、洗浄したり、加熱したり、調合、あるいは熟成といった工程を踏むことが多いようです。酵母の匂いを減らすために自己消化ではなく、酵素によって分解させるタイプの製品もあります。

さて、酵母エキスの源流を遡ると1865年、科学者リービッヒが開発したビーフエキスにはじまります。

こちらの記事の最後に紹介している「ビーフティー」なんかがそれです。

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写真はwikipediaより引用

ユストゥス・フォン・リービッヒ男爵はリービッヒの炭水素定量法から窒素、リン酸、カリウムの三要素説、リービッヒの最少律といった概念を発見した偉大な科学者。先の記事でも書きましたが「肉の表面を焼き固めるとうま味が閉じ込められる」という誤った考え方を広めた一面もありますが、食の歴史を考える上で外せない人物です。

リービッヒは肉エキスの開発を進めるなかで、ビール酵母から肉のような香りをもつ物質ができることに着目します。これが酵母エキスの歴史のはじまりです。その後、リービッヒの死後から約70年が過ぎた1942年、アメリカでパン酵母を原料とした自己消化型の酵母エキスが開発されます。ちなみに日本初の酵母エキスは1966年に発売された「ミースト」(アサヒグループ)という製品です。

酵母エキスと味の素の違いはグルタミン酸だけではなくリボ ヌクレオチド ナトリウム(核酸=イノシン酸ナトリウムとグアニル酸ナトリウムなどの混合物)などを含むこと。もちろん、うま味調味料にもハイミーのように核酸を含む調味料もありますが、酵母エキスはそれだけではなくペプチドや糖類なども含むため、うま味だけではなくコクを与えられる他、一つの味が突出しづらいというメリットもあります。ざっくりいえば化学調味料では出すのが難しい自然なうま味やコクを強化しやすいのです。

効果的な使い方はもともとうま味を含む食材や調味料と組み合わせること。そうすることで底味や濃厚感、ボディなどを補うだけではなく、後味を流したり、複雑味を足したりします。また、味の緩衝作用によって全体のバランスがよくなる、という効果もあります。

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実際には酵母エキスには様々な製品があり、スパイス感を強化し、レトルト臭を軽減するものや、クリームスープのミルク感を強めたり、スモーク風味を強化したり(鰹節を少量、あるいは使わなくても出汁っぽさが出る)ごまの風味を強めたりという効果を持つ製品もあり、研究も進んでいます。

もちろん酵母エキスは一般家庭で手に入る食材ではありません。しかし、手軽に使える製品もあります。それがイギリスではマーマイト、オーストラリアでベジマイトと呼ばれる調味料です。

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マーマイトはビール酵母、いわばビールの酒粕を原料にした製品で、リービッヒが発明した酵母を凝縮する手法がそのまま使われています。酵母臭がするのが特徴なので、イギリスでは「Love or Hate」=好きか嫌いかはっきり好みが分かれるとされています。しかし──あくまで少量を適切に味わえば──納豆や味噌など発酵食品に慣れた日本人的にはなんてことないうま味系の味でしょう。

このマーマイト、少量を料理に使うことで力を発揮します。酵母臭があるので、風味の強い料理──例えばスパイス感のあるものなどにも向いています。そういえば僕のチリコンカーンのレシピでも隠し味に使っています。

塩っぱくてうま味が強いペーストなので、やはりもともとうま味を含む食材と組み合わせるのがコツです。麻婆豆腐とかにもあうと思いますし、カレーにももちろんOK。ちなみにベジマイトは塩気が強いので、マーマイトのほうが使いやすいです。

このマーマイト、イギリスでも長らく「好きな人は好きな味」だったのですが、最近、ちょっと見直されています。その背景にあるのが「ベジタリアンの増加」。野菜だけで料理を構成するとうま味やコクが弱くなりますが、マーマイトを料理に使うことでおいしくできる、というわけ。

今回、紹介するのは「マーマイトコンソメ」です。赤ワインや卵白を使っているのでビーガンというわけにはいきませんが、100%ベジタブルでつくるコンソメといった味わい。元ネタはヘストン・ブルメンタールのレシピです。ヘストンのものよりもバターと赤ワインの使用量を控え、さっぱり感を出しています。(ちなみにヘストンのレシピはもう少し野菜の使用量は多いものの、バター750g、赤ワイン750ccという大胆なレシピです。たしかにおいしいのですが、、、コストがかかりすぎるので調整しています)

玉ねぎ   4個(1kg相当)
にんじん  2本
バター   100g
赤ワイン  300cc
水     300cc
卵白    2個
マーマイト 小さじ1〜2
シェリービネガー 少々

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コンソメのベースとなる野菜には玉ねぎとニンジンを使います。オリジナルはこれに玉ねぎと同量のポロネギが入ります。

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こちらはオプションですが、マッシュルームが余っていたので3個だけ入れました。マッシュルームもベジタブル系のコンソメの材料としてよく使われます。

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圧力鍋にたっぷりのバターを溶かし、軽く焦がしましょう。

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スライスした玉ねぎとニンジンを中弱火でじっくりと炒めていきます。

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そのあいだに赤ワインを200ccになるまで煮詰めます。

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野菜を15分くらい炒めたところで、、、

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ワインを投入します。

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水を加えます。ヘストンブルメンタールのスタイルでは赤ワインが多いのですが、このレシピでは水を多めにしています。

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高圧をかけて1時間煮込みます。1時間経ったら圧力が抜けるまで冷まし、さらに冷ましてから冷蔵庫で冷やします。

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そうするとバターが固まるので、、、

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これを除去します。もちろんこのバターは他の料理に使うことができます。

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残ったブイヨンがこちら。出来上がり400ccくらいです。

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卵白を使って澄ませていきます。軽くときほぐした卵白を混ぜ込んだら……

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中火にかけて68度になるまではかき混ぜながら熱します。

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固まってきたらかき混ぜるのを止め、そっと加熱します。

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澄んできました。

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キッチンペーパーで濾しましょう。

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ここでマーマイトが登場です。

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溶かし込んでうま味を補強します。

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野菜の甘みが強いので、シェリービネガーの酸味でバランスをとります。しかし、熟成したシェリービネガーを使う必要があるので、なければ省略したほうが無難です。

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とりあえずちょっと入れて味のバランスをみます。塩、少々で味付けしますが、マーマイトにも塩気があるのでほとんど必要ないでしょう。

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出来上がりです。えのき茸などを浮身にするといいでしょう。このコンソメ、試食してもたった人からは「肉みたいな味がする」という感想をもらいました。肉っぽい味がする、というリービッヒの発見はやはり偉大なのでしょう。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!