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肉を焼くときは強火で何度も裏返せ!

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。12回目のテーマは『ステーキの焼き方』。焼くのは強火がいいのか、弱火がいいのか? 焼くときは肉を触らない方がいいのか、頻繁にひっくり返した方がいいのか? さまざまな意見がありますが、樋口さんがおいしい肉の焼き方(表面がカリッと、中はジューシー)を論理的にご紹介します。

今回はステーキの焼き方を考察します。インターネットで牛肉の焼き方を検索すると数え切れないほどの方法がでてきますが、目指すのは表面がカリッとして、なかはジューシー。噛みしめるごとに濃い肉の味がじんわりとする仕上がりです。

ビーフステーキ(一皿分)

牛肉 180g(2cm厚)
塩  適量(肉の重量の0.5%が目安)
胡椒 適量

まずはステーキ用として売られている肉を購入します。

なぜ、ステーキ用とそうではない部位があるのでしょうか。それには肉の硬さが関わっています。肉は赤みの部分(筋繊維)と脂肪の部分、それと筋=結合組織でできています。すね肉のような、よく動かしたり大きな力がかかる部位は筋繊維がしっかりしていて、筋も多いのでステーキには向きません。一方、ヒレ肉やサーロイン、ロース肉など、あまり動かない部位の肉はやわらかく、筋も少ないので、ステーキ用として売られています。

一つだけ注意したいのは一部のスーパーでステーキ用として販売されている肩ロース肉です。肩ロース肉はロース肉と比べると動く部位なので、筋が多いのが特徴。味は濃いのですが、筋は焼いてもやわらかくならないので、あらかじめ取りのぞいてから焼くか、筋の部分だけは食べ残すのが無難です。ちなみに肩ロースは薄く切れば筋があまり気にならなくなるので、すき焼き用として加工するとおいしい部位です。

今日はアメリカンビーフのサーロイン(ストリップロイン)を買ってきました。

アメリカ産の牛肉は脂肪が少なく、しっかりとした肉質が特徴です。もっとやわらかいのが好みという方は、内側の赤い部分に脂肪がマーブル状に入っている肉を選んでください。

肉を焼いたあと脂肪が残っていれば、やわらかい歯触りになります。例えば黒毛和牛は筋繊維のあいだに脂肪が入るのが特徴。だから、松阪牛や米沢牛に代表される黒毛和牛はバターのようにやわらかいのです。

ただし、脂肪が増えれば増えるほど肉自体の味は薄くなる(相対的に量が減るので)ので、やわらかさと味わいはトレードオフの関係にあると言えます。

肉をやわらかく食べるためには加熱も鍵を握ります。赤い部分=筋繊維を40℃以上に加熱すると、タンパク質が変性をはじめます。さらに加熱を続け、70℃に達するとタンパク質はほとんど固まります。この状態になるとどうなるでしょうか? タンパク質の変性が進むと、繊維の方向に伸びていたタンパク質がコイル状に巻き上がり、縮みはじめます。するとなかの水分が押し出され、肉汁が逃げてしまいます。水を含んだスポンジを手で絞っているのと同じです。

また、肉のタンパク質が縮むということはちょうど腕に力こぶをつくっているのと同じ状態です。力こぶを押すと硬いのがわかりますよね? 同じように肉も筋肉が縮むと硬くなってしまうので、その前に肉の内部が適切な温度になったところで加熱を止める必要があるのです。

目安となる温度は下記の通りです。

肉の温度  肉の色  タンパク質の状態
 40℃   赤   変性がはじまる
 50℃       コイル状に縮みはじまる
 60℃  ピンク  さらに凝固が進む
 70℃  グレー  ほとんど固まる

つまり、牛肉の場合、おいしい範囲は50℃~60℃のあいだ。あとは好みなので、ステーキハウスに行くと「レアで」とか「ミディアムで」という具合に注文するのが普通です。

この焼き加減も中心温度で判別できます。人によって定義は異なりますが、だいたい以下の温度が目安です。

レア         52℃
ミディアムレア    53~57℃
ミディアム      58℃~60℃
ミディアムウェルダン 61℃~63℃
ウェルダン      64℃~68℃

温度を上げすぎないのも大事なのですが、一方で肉の料理では風味も重要です。肉を140℃以上で熱するとメイラード反応が進み、おいしそうな焦げ色がつきます。高温で加熱することでタンパク質の分子が分解され、いわゆる「肉らしい香り」が生まれるのです。みんなで焼肉を囲んだときの食欲をそそるあの香りは高い温度で調理しないと生まれません。

まとめると「内側は適切な温度まで加熱され(50℃~60℃)、外側にはしっかりと焦げ色をつける。しかも、充分な水分が残っている状態」がおいしいステーキの条件です。なんだか面倒な話に聞こえますが、簡単なポイントをいくつか守るだけで、いつでもおいしいステーキを焼くことができます。

1.肉は焼く1時間前に冷蔵庫から出しておき、表面に浮いてきた水分をペーパーでふきとる。

*肉を室温に戻しておくメリット
冷蔵庫から出したての肉は6℃~8℃ですが、室温に1時間置くと14℃くらいまで上がります。外に出しておくことはいわば室温で加熱をしているのと同じ状態。あらかじめ肉の温度を上げておくと加熱時間が短くなるので、結果として水分の蒸発量が減ります。逆に薄い肉の場合は室温に戻さずに焼いた方が火の通り過ぎが防げるので上手に焼けるでしょう。

表面に浮いてきた水分をふきとるのは表面の温度を上げ、メイラード反応を進めるためです。表面は充分に乾燥し、焦げ色がつき、内側はジューシーという仕上がりを得るためには必要な工程です。

2.肉に薄く塩を振る。

*胡椒は振らない
肉の両面に軽く塩を振ります。写真の量が目安です。塩を振ったらすぐに焼きます。時間を置くと、表面に水分が浮いて、焼き色がつきづらくなるからです。好みで塩を振らずに焼いて、食べる時に振っても構いません。ただし、胡椒は振りません。振っても焦げるだけで意味がないからです。

3.フライパンを強火にかけ、適切な温度まで熱する。

*フライパンの適温を見極める
フライパンの表面温度の適温は少量の水を入れることで判断できます。熱したフライパンに小さじ1/2の水を入れて、写真のように水が丸い粒となって表面を転がるようになれば予熱は完了です。

水が丸くなってすぐに蒸発していかないのは、水蒸気によって水が浮いた状態になるから。これをライデンフロスト現象といいますが、この時のフライパンの温度は180℃以上。この状態になれば焼きはじめていいというサインです。

逆にこのように水が玉にならない場合はフライパンの表面温度が160℃以下なので、まだ加熱を開始するには早いということ。その場合はペーパーで水気をふき取って、さらに予熱します。

3.火を中火に落とし、オリーブオイル大さじ1をフライパンに注ぐ。

油は加熱に強いオリーブオイルを使います。肉の表面は凸凹しているので、ある程度の量の油を使うことでその隙間を埋め、焼き色をきれいにつけることができます。

4.油が跳ねると危ないので静かに肉を入れる。フライパンの手前から向こう側に向かって入れるようにすると安全。

*火加減は終始強め
フライパンの温度が高いので、油からは煙がかすかに立っています。この状態が目安で、この時のフライパンの表面温度は210℃くらいです。あまりにも煙が多いようならもう少し火を弱めますが、肉は終始強めの火加減で焼きます。

5.15~30秒おきにトングか菜箸を使って肉を裏返す。これを繰り返す。(トータルで2分〜2分30秒)

*肉は何度も裏返すと早く焼ける
肉は何度も裏返しながら加熱してきます。強火で加熱しているのは表面の香ばしさを得るためで、内部は水分が失われる前に目指す温度まで上げる必要があるからです。

肉はフライパンの接地面から加熱されていきますが、肉の反対側の温度はどんどん下がっていきます。そこで何度も裏返しながら焼くことで、両面から効率よく加熱することができます。

肉を何度も裏返しながら焼くこの方法は、フードライターのハロルド・マギーがNYTimesのコラムで発表した調理法で、理に適っていることから瞬く間に世界に広まりました。料理書にはよく「焼いている最中、肉に触ってはいけない」「裏返すのは一度だけ」と書かれていますが、頻繁に肉を裏返すことで、一度だけ裏返すよりも25~30%ほど早く火が通り、結果として水分が失われずジューシーに焼き上がるのです。

6.焼き上がったらとりだしてバットに移し、風が当たらない温かい場所で焼いた時間の倍の時間(この場合は4分~5分)休ませる。

*肉を休ませる重要性
焼いた肉を休ませることは重要です。焼き上がった肉にはまだ熱が残っています。大半の熱は空中に逃げていきますが、一部は肉の内側に進み、火から下ろした後も加熱は続きます。1cmから2cmのステーキなら火から下ろした後の予熱で中心温度は2℃ほど上昇し、4~5cmくらいあれば3℃ほど上がることをあらかじめ想定しておきましょう。休ませることで筋繊維が緩み、その隙間が肉汁をたくわえるので、切ったときに肉汁が流れ出ません。

肉の端を切ってみて、火の具合を確かめます。なかが生っぽければフライパンに戻してもう一度加熱し、好みの加減になるまでこの作業を繰り返します。肉の端を切ると肉汁が損なわれると思われるかもしれませんが、流れ出る水分は一部なので心配しなくても大丈夫です。しかし、何度も切るよりもデジタル温度計で中心温度を測るのが一番、簡単です。

包丁でカットし、胡椒を振ります。食べた時、塩味が足りないと思えば、さらに塩を振ればいいですし、わさび醤油で食べても構いません。

焼き上がった肉が硬い場合は長く焼きすぎたか、あるいは肉自体に問題がある場合です。焼く前に肉の筋を取りのぞくか、もっといい肉を買ってきましょう。

よく肉は弱火で焼いたほうがいい、という意見がありますが、肉は強火で焼いたほうがジューシーに感じられます。ジューシーというのは主観的な感覚ですが、ハロルド・マギーは「〈ジューシー〉という感覚は二つの段階からなる」としています。まず最初に感じるのは〈食べものを口にした瞬間に感じる水分〉です。これは肉に含まれる水分に起因するもので、次に感じるジューシーさは〈肉の脂肪と風味が唾液の分泌を刺激すること〉によって生じます。ローストビーフよりも焼肉のほうがジューシーに感じるのは肉の褐変反応=メイラード反応が唾液の分泌を刺激するからです。

もちろん、4cmもあるような分厚いステーキを焼きたい場合、終始強めの火加減で焼くと焦げてしまうので、弱めの火で焼くのがよく、あるいは低温のオーブンで火を通してから、強火で表面を焼くという方法をとります。いずれにせよ、目的に応じて、火加減は変える必要がありますが、中心温度と表面温度をコントロールするという基本的な考え方は一緒です。

応用編 牛肉のタリアータ

ステーキを使ってサラダ感覚で食べられるイタリア料理を作ってみましょう。

材料(1人前)

上記のステーキ
ルッコラ 1パック
オリーブオイル 大さじ3
レモン汁   大さじ1
にんにく   1片
ローズマリー 1枝

1.牛肉を焼いたときに使った油は捨てて、新しいオリーブオイルを大さじ3と潰したニンニク1片を入れ、中火にかける。

2.にんにくの表面が色づいたら、ローズマリーを一枝投入する。

3.火を止めてからレモン汁を大さじ1加える。

4.牛肉、ルッコラの上に3のソースをかける。好みでパルメザンチーズを散らす。

外国産の牛肉にはレモン汁とオリーブオイルをかけて、酸味を効かせると意外とさっぱりと食べられます。外よりも家で食べる方が安価なのも魅力。焼くのにコツが必要ですが、繰り返し焼いているうちに、感覚が掴めてきます。肉を上手に焼くためには理屈を知り、あとは練習あるのみ、です。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!