見出し画像

低温加熱で100%の旨味を引き出す「きのこのゆっくりソテー」

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。18回目のテーマは『きのこソテー』です。旬のきのこから100%の味を引き出す調理法をご紹介します。アレンジメニューとして、『きのこの和風マリネ』『きのこの味噌汁』も併せてご紹介しています。

秋はきのこの季節。天然物が手に入れば言うことないですが、スーパーで買える栽培種のきのこで秋の味覚を楽しみましょう。

きのこを使った料理は従来の常識では『強い火でさっと炒める』のがコツとされてきました。今日はそんな常識を覆す『きのこのゆっくりソテー』を作ります。15分程度という長い加熱時間が必要ですが、きのこから100%の味を引き出す調理法です。

きのこのゆっくりソテー

材料(4人前)
きのこ  (各種あわせて)およそ600g
オリーブオイル  大さじ3
にんにく  1片
塩   1g〜2g
胡椒  適量
バター(お好みで)  10g

きのこ600gというのはわかりづらいと思うので、バットに載せてみました。今回使用したのは、まいたけが1パック、しめじが1パック、エリンギが1パック、しいたけが半パック(3枚)。これで580gでした。

きのこのソテーは保存が利くので多めに作っています。量は半分で作っても大丈夫ですし、どれか一種類、または二種類でもいいでしょう。

1.きのこは手で細かく裂く。しいたけは手で裂けないので、包丁で7mm厚にスライス。エリンギは横半分に切ってから、手で裂く。

*きのこは手で裂く
きのこは手で裂くと自然な感じに仕上がります。ところできのこは『野菜』なのでしょうか。実はきのこは、植物ではなく『菌』の一種。仲間として近いのはカビや酵母です。野菜とは性質が異なるので、扱い方も違います。

ほとんどの種類のきのこは収穫した後も成長を続けるので、常温で置いておくとどんどん弱ってきます。ただ、そのあいだに軸のタンパク質が分解されアミノ酸となり、かさやひだに送られるので、少しの時間であれば置いておくと、それらの部分の風味が増します。とはいえ買ってきたきのこ(あるいは天然物)は早めに食べたほうがいいでしょう。

きのこを冷蔵庫で保存すると代謝活性が鈍るので長持ちしますが、きのこから出た水分によって表面が濡れ、腐るリスクが出てきます。そこでキッチンペーパーで包むと長持ちさせることができます。

料理の本には『きのこは洗ってはいけない』と書いてあります。しかし、〈きのこはほぼ水分でできているのでさっとすすぐだけで風味が失われることはない〉とハロルド・マギーが書いているように、洗うことは問題になりません。

とはいえ栽培種のきのこであれば洗う必要がないので、そのまま使います。気になるようならさっと洗いましょう。

2.冷たいフライパンにオリーブオイル大さじ3と半割にしたニンニクを入れる。その上にきのこをかぶせ、弱火にかける。

*冷たいフライパンから加熱する理由
最初に述べたようにきのこ料理は『強火で短時間』というのが従来の常識です。しかし、ここでは弱い火で加熱してきます。旨味を引き出すためです。

例えば生のしいたけをかじってみても旨味は感じません。昆布や鰹節と違い、きのこの旨味成分であるグアニル酸は、きのこに含まれる核酸が酵素によって分解されることで生成されるからです。この酵素は40℃〜60℃くらいの温度帯で活性化します。

試しにきのこを電子レンジにかけてみてください。水っぽく旨味の乏しい仕上がりになることがわかると思います。短時間の加熱ではきのこの旨味を引き出すことはできないのです。

そこで今回の調理法では冷たいフライパンからゆっくり加熱することで旨味を引き出します。低温で加熱することで酵素が活動する時間を確保できるからです。

また、一度に大量のきのこを加熱するのも特徴。多くの料理書にはきのこを調理するポイントとして〈フライパンにはたくさんのきのこを入れないこと〉と書かれているので、これもセオリーに逆らうアプローチですが、きのこ自身が持つ水分で蒸すようにして加熱します。ダマされたと思って試してみてください。

3.フライパンに触らずに10分間、加熱する。10分経ったら火を中火に強めて、焦げ目をつくっていく。

*きのこは焦げにくい
この調理法のデメリットは時間がかかることですが、きのこはほとんどが水分なので、ほったらかしにしておいても大丈夫です。なお、きのこは加熱をしすぎても、細胞壁を構成しているキチンやその他の成分は水に溶けないので、形が崩れることはありません。

10分経ったら、今度は火を中火にして、焦げ目をつくっていきます。加熱によってきのこの組織から水分と空気が抜け、歯ごたえが強くなります。さきほどまではきのこ自身の水分で蒸していましたが、今度はアミノ酸、糖、香りを凝縮していく工程です。

ここからは注意をしながら、焦げ目をつけていきます。火加減によっても異なりますが、加熱時間の目安は3分〜5分。この段階で風味付けにバターを加えてもいいでしょう。

4.そのまま食べるなら塩、胡椒で味付けをして、出来上がりです。

最終的にきのこの水分が40%〜50%飛べばOK。

水っぽさはまったくなく、凝縮した旨味が味わえます。きのこの細胞壁を構成しているキチンという成分は甲殻類の殻と同じ。上手についた焦げ目からは不思議とどこかエビやカニを思わせる香りが出てきます。山の恵みであるきのこと海に棲む甲殻類の風味が繋がるのはなんだか不思議ですね。

【アレンジ】きのこの和風マリネ

きのこのゆっくりソテーは冷菜にすることもできます。炒めたきのこは塩胡椒せずに、容器に移し、市販のポン酢100ccと水100ccをあわせたマリネ液を注ぎます。粗熱がとれたら冷蔵庫で1〜2時間以上冷やせば、きのこの和風マリネの出来上がりです。仕上げに万能ネギの小口切りを散らしてみました。

【アレンジ】きのこの味噌汁

加熱したきのこを使って味噌汁をつくると、きのこ風味の強い味噌汁になります。作り方は出汁600ccとソテーしたきのこ(塩、胡椒はしないのがベター)を鍋に入れて火にかけ、沸いてきたら火を弱め、数分間煮ます。火を止めて、好みの加減まで味噌を入れれば出来上がりです。他に入れる具材としては豆腐や油揚げがよくあいます。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!