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基本調味料『そばだし(めんつゆ)』

和食の基礎調味料である醤油の消費量は右肩下がり。代わりに伸びているのが『めんつゆ』です。市販のめんつゆにも様々なものがあり、品質の向上も目覚ましいものがあります。

めんつゆは基本的には出汁と醤油、甘味(みりんや砂糖など)を混合したもの。思えば昔から日本料理店や居酒屋では醤油とみりんを混合させた「みりん醤油」や出汁と醤油、みりんを混ぜた「八方地」、そこに酒を加えた「酒八方」など店それぞれの合わせ調味料を使っていました。

古くからある合わせ調味料の一つとしてはそばつゆに使う『かえし』が挙げられると思います。「醤油一斗(18L)と砂糖1貫(3.8kg)を煮立てないように火にかけて、沸かした一升(1.8L)分のみりんを加えて冷やす。1斗・1升・1貫目で憶えやすい」というのが基本的な作り方だと聞いたことがありますが、実際はお店によって配合は様々。(この割りでつくるとちょっと甘いです)

ところでこの『かえし』。熟成をさせると旨味が増し、味が良くなると言いますが、個人的にはどのような作用が起きているのか、長年の疑問でした。旨味が増すというのは一体、どういうことなのでしょうか。タンパク質が含まれていればそれが微生物によって加水分解し、アミノ酸に変化することが考えられますが、醤油と砂糖、みりんをあわせただけなのでそのようなことが期待できるのかわかりません。83℃まで温めるというレシピもありますが、その数字の根拠はなんなのでしょうか。そもそも加熱をしているわけですし、水分活性も低いので微生物が介在する余地もないはずですし、寝かせるといっても数日間から数十日ですからウイスキーや酢の熟成のように水のクラスターレベルで変化が起きる可能性も低いはずです。

誤解をしないでいただきたいのは『かえし』の存在を否定しているわけではなく、たしかに『かえし』にした方が味に深みが出る気もします。ただ、メカニズムがわからないのです。

そんな風に思っていたところ、日本工業学会誌に『そばつゆ用かえしの”ねかし”が品質に及ぼす影響』(大富あき子他)というそのものずばりの論文を見つけました。それによるとやはり寝かすことによって酵母が若干の増殖はするものの、官能評価の結果とは無関係とのこと。窒素環境下と酸素環境下での比較でも同様の結果。

では『かえし』のなかでなにが起きているのか。ざっくりとまとめるとかえしにすることで味が深くなるのは〈エタノールや水とともに蒸発するような高蒸気圧成分の揮発による現象が関与していると推測される〉とのこと。結論的にいうと『かえし』の熟成とは時間経過による蒸発で、醤油の香りが揮発し、味がほんのわずかに濃くなるということのようです。

話を合わせ調味料に戻します。日本料理店や居酒屋で合わせ調味料を作って置くのは調理を効率化し、味を安定させるためです。今回、ご紹介する『そばだし』(めんつゆ)もそんな合わせ調味料の一つ。


そばだし(めんつゆ)
 出汁  500cc
 濃口醤油  100cc
 みりん 100cc
 カツオ節 5g以上(できたらさば節)

そばだし(めんつゆ)の割合は5:1:1と憶えましょう。

鍋に醤油とみりんをあわせ、火にかけます。かえしをつくった方がおいしいような気もしますが、前述の論文から導き出される結論はかえしではなく醤油とみりんを使ってもそこそこおいしくできる、ということ。色々と賛否両論あるか、とは思いますが、専門店ではないのですから気にせず進めましょう。

重要なのはこの段階で一度、きちんと沸かすことです。かえしの目的は(そばに用いる場合はそばの香りを活かすために)醤油の香りを揮発させること。かえしは数日間寝かせることでアルコール分とともに醤油の風味化合物を蒸発させるわけですから、ここで沸かすことによって短時間で香りを飛ばしています。

軽く沸かしたところで、出汁を投入します。これだけでもそばだしは出来上がりなのですが、より風味を強くするために今回は追い鰹をします。

カツオ節を加えて85℃まで加熱します。

カツオ節やサバ節の旨味成分は数分で抽出できるので、長く煮る必要はありません。漉してなるべく早く冷やしましょう。

出汁がなければ水を550ccにして、同じように醤油、みりんをあわせてからカツオ節と一緒に弱火で温度をあげていっても同じようにつくることができます。

こんな具合に冷蔵庫にしまっておけば一週間ほどは保存できます。

濃いめのつゆなので、そうめんやざるそばに。あるいは砂糖を加えて肉を煎り煮にする場合にも使えます。(出汁が煮詰まってしまえば結局は1:1の醤油とみりんなので甘辛です)あとはほうれん草のお浸しにかけたり、揚げ出し豆腐のつゆにしたり、とか。ゆで卵をつくってこのそばだしに浸けると味玉になります。

めんつゆなんて買ってくればいいじゃん、と思いますが、市販のめんつゆは保存期間を得るために糖類が多く入っていますし、出汁の風味も薄いことがほとんど(旨味はたん白加水分解物と酵母エキスで補えますが香りは難しいので)時間があるなら自家製する意味はあります。

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樋口直哉 作家・料理家 主な著作として小説『スープの国のお姫様』(小学館)ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)料理本『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)など。

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