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発酵ラボ〜第3回 乳酸発酵の基本 トマトの乳酸発酵〜

乳酸発酵は料理に一番、取り入れやすい発酵テクニック。ザワークラウトや乳酸発酵ピクルス、サワー種のパン、ヨーグルト、ワインやチーズ、みそ作り(にも一応関係しています)などお馴染みの食品にも使われています。

一口に乳酸菌といってもその種類は様々。そもそも乳酸菌とは特定の菌類を指す単語ではなく「糖類から乳酸を産生し、悪臭の原因となる腐敗物質をつくらないもの」という性質を持つ菌類を指します。

伝統的な乳酸発酵には保存食としての目的などもありますが、料理に用いるテクニックとしての目的は

糖類から乳酸をつくる=糖を酸味に変える

というもの。食材の甘みを減らし、代わりに酸味を足す、という感覚です。これまでの調味という考え方だと「味を弱くする」ということはできなかったので、その点が非常に画期的。もちろん、発酵によって風味も変わります。

乳酸菌は酵素を利用してブドウ糖(C6H12O6)を分解し、エネルギーにします。その結果として一分子のブドウ糖が2つの乳酸(C3H6O3)になるわけです。乳酸が増えることでpHが下がり、他の種類の微生物を抑制します。

乳酸菌の種類は様々ですが、乳酸のみをつくる菌をホモ乳酸菌(同種乳酸菌)といい、ビタミンCやアルコール、二酸化炭素や酢酸など乳酸以外のものを同時に産生するのをヘテロ乳酸菌(異種発酵菌)と呼びます。乳酸菌のなかにはタンパク質をアミノ酸に分解する能力を持つものもあり、それがチーズ作りに使われている乳酸菌です。

チーズや野菜の乳酸発酵ピクルスが定番ですが、糖分を含む食材であればなんでも乳酸発酵させることができます。これまで料理に酸味をつけるにはワインや酢を使うしかありませんでしたが、乳酸発酵を使うことで多彩な表現が可能になります。言ってみれば絵を描くのに使える絵の具が増えたわけです。例えば果物を乳酸発酵させ、果物の甘味を減らし、酸味を強くすれば料理にもあわせやすくなりますし、ノンアルコールドリンクをつくる際にも応用できます。

乳酸菌は耐塩性や耐酸性があり、嫌気性(酸素がない状態)でよく育つ菌です。この点を頭に入れておきましょう。

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ザワークラウト作りでは「塩水が上がってくるのが重要」と言われています。その目的は「水分によって酸素を遮断すること」です。ザワークラウトではキャベツを千切りにし、塩をまぶしてから潰すことで、キャベツから水分を引き出し、嫌気性状態をつくります。重しをするのもこのため。

その際にあると便利なのは真空包装機です。さきほど述べたように乳酸菌は嫌気性。酸素の少ない状態にすれば他の酵母などの活動を抑え、失敗のリスクを大幅に減らせます。望ましくないカビの発生も抑えられるからです。(カビは細胞呼吸に酸を必要とするので)しかし、必ずしも必要というわけではありません。

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ジッパー付きの袋に素材を入れ、水のなかに沈めれば空気の大部分(90%以上)水圧によって追い出すことができます。昔ながらの発酵には瓶や瓶などを使いますが、密封袋の登場でぐっと楽になりました。

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袋を使うメリットは乳酸菌や酵母が二酸化炭素を出すと袋が膨らむので、発酵の具合が見極めやすいこと。袋が膨らんだら封を切り「ガス抜き」する必要があります。(これを忘れると袋が破裂して台所がえらいことになります←経験済)

もちろん、酸素を遮断するというメカニズムを頭に入れておけば、昔ながらの瓶や瓶を使っても作業を進めることができます。

塩の働き

次に重要なのが塩の働きです。無塩で乳酸発酵を行う伝統的な食品もありますが、基本的には乳酸発酵には塩(あるいは砂糖)が伴います。乳酸菌には耐塩性があるので、塩があっても平気ですが、有害な微生物(例えば嫌気性で増えるボツリヌス菌)などは塩や酸が苦手なのです。塩分濃度は様々なので都度説明していきます。

今回の2%の塩分は微生物の繁殖を抑制するにはやや少ない配合。しかし、乳酸発酵によって乳酸が増え、pHが低下することで安全性が担保されます。昔からザワークラウトはこうやって作られ、食べられてきたわけです。

トマトの乳酸発酵

ザワークラウトの作り方は次回、おさらいするとして、今回はトマトを乳酸発酵させます。トマトにはすでに酸味がありますが、それをさらに複雑にし、フルーティな香りを加えることができます。

トマト    500g程度
トマトの重量の2%の塩

基本的な工程は野菜を切る→2%の塩をまぶし、常温で発酵させる、というもの。

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トマトはよく洗い、ヘタをとりのぞきます。トマトの雑菌(リスクが懸念されるのは大腸菌)はヘタの部分に多いので、とりのぞいてから洗うことでリスクを大幅に減らすことができます。乳酸菌が洗い流されてしまうのでは……みたいな余分な心配は無用です。乳酸菌はどこにでもいるので、洗ったくらいで発酵に問題が生じあることはありません。食材はとにかく洗浄してリスクを減らし、手も当然、よく洗ってから作業します。手指からの二次汚染を防止するためです。

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櫛形に切って、分量の塩をまぶし、真空包装機にかけるか、袋を水に沈めて、空気を追い出します。瓶に詰める場合は重しをして、空気を追い出します。トマトは水分が多いので、失敗しづらいはずです。きちんと空気を追い出せば腐敗菌も入りませんし、カビも生えません。(カビは細胞呼吸に酸素を必要とするので)

発酵の目的は余計な雑菌よりも先に乳酸菌が増やすこと。乳酸菌の産生に最適な温度は25℃〜35℃ですが、料理的な上限は28℃〜32℃。温度が高くほど発酵は進むのですが、過度にバクテリアが活動して望ましくない風味が出るリスクがあるからです。発酵器があれば安定してつくることができます。

4日目

日本の場合、室温が安定しているので、常温で作業を進めることにしましょう。4日目あたりからガスが溜まってきます。

5日目

そのため5日目、6日目になると念のため袋の口をあけてガスを抜きます。この段階で毎日味を確かめます。夏場(26℃)であれば一週間ほど、冬場(21℃)であれば10日ほどが上限です。

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不織布ペーパーで静かに濾します。仕上がりの目安は最終的には味見をして確かめます。もとの食材の風味が残りつつ、新しいエッセンスが加わっているはずです。

発酵がOKかどうかの目安はPHを計るのも簡単。

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pHで3.5程度になれば乳酸発酵トマトエキスの完成です。このpHはヨーグルトと同程度。乳酸発酵によるやわらかな酸味とトマト特有のうま味がある液体なので、様々な料理に使えます。

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発酵トマトエキス大さじ2とオリーブオイル小さじ1、ディルとイタリアンパセリのみじんぎりをあわせてドレッシングを作りました。

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このソースは生の魚介類とよくあいます。今回は旬の生牡蠣にかけてみました。塩味があるので、それを油分で抑えるのがポイント。

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逆に塩味と酸度を生かして、魚介類のマリネ液として使うこともできます。写真はブリのカルパッチョ。ブリの切り身を発酵トマトエキスで1時間ほどマリネしました。これだけは味が弱いので、ヴィネグレット系のソースをかけますが、発酵トマト液で下処理すると魚の油分が緩和され、マイルドは味わいになります。

さて、果肉の部分も調味料として使います。刻んでタルタルに混ぜたり、トマトソースにしたり、、、というのがセオリーですが、塩分があるので注意してください。

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たっぷりのバターで焼いたライ麦パンに……。

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発酵トマトをのせて、ハーブをふりました。前述のnomaの本では果肉をミキサーにかけ、それをオーブンペーパーに伸ばして、乾燥させるテクニックが紹介されています。

フルーツや野菜のペクチンを使ってしなやかなレザーをつくるテクニックの元ネタはModerist Cuisine。こちらの本にはトマトペーストを伸ばしてから乾燥させるシンプルなトマトレザーが紹介されていますが、nomaバージョンはそこに発酵という要素が入っている、というわけ。

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さっそくためしてみましょう。果肉をミキサーにかけてから裏込します。(こうすると種の周りにあるペクチンを効率よく取り出せる)

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オーブンペーパーに伸ばしました。

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食品乾燥機で5時間〜6時間、乾かします。温度は50℃に設定しました。

ちなみに僕は食品乾燥機を持っていないのですが、代わりにTESCOMの低温コンベクションオーブンを愛用しています。これ、小さくてめちゃ便利です。

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乾きました。

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しなやかなレザー状です。試食すると強い塩気を感じます。ちょっと日本人には塩分が強いかな、、、という印象なので、つくるのであればModernist Cuisineのトマトペーストバージョンほうがおいしいですが、テクニックとしてはベジタリアン向けの生ハムという感じで面白いです。

コラム 重量比の問題点と解決方法

今回の乳酸発酵では重量比で2%の塩を加えています。

1kgの野菜に2%の塩を加える、と書いてあった場合、それは20gの塩を加えることを意味します。主素材を100%として他の材料を%で表すベーカーズパーセントという考え方です。

ただしちょっと落ち着いて考えてみてください。例えば25%の砂糖を加える、と書いてあった場合「なーんだ。250gやな」と計量するでしょう。しかし

砂糖250g+野菜1000g=1250g

になるので、実際には砂糖の%は

250g÷1250g=20%

となってしまいます。5%の誤差は結構大きいものです。本来は

砂糖333g+野菜1000g=1333g で 333÷1333=25%

となります。これ、小学校の算数の時間にやった計算ですよね。

塩分の場合は数字が小さいので、誤差も少なくなります。例えば1000gの野菜に5%の塩を加えた場合、50÷1050=0.47%となるので、ほとんど問題にはなりません。そのため、無視できますが、砂糖の場合にはちょっと注意が必要です。さすがに全体の量が多くて、誤差があまりにも多くなる場合はその点の注釈を入れるので、、、気になる人もいるかと思って、一応スタンスを書いておきました。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!