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フードペアリングとフレーバーマトリックスの話

『フレーバー・マトリックス 風味の組み合わせから特別なひと皿を作る技法と科学』を恵投いただきました。

著者のジェイムズ・ブリシオネーハはシェフで料理学校の先生。アメリカでは有名なシェフとのこと。IBMのシェフ ワトソンの料理プロジェクトにも関わったそうで、その経験がこの本のベースになっています。

本の内容からちょっと離れますが、シェフワトソンはAIにレシピを学習させることで〈人間のクリエイティブを助ける〉というもの。AI×レシピが人間×レシピよりも優れている点は「意外な組み合わせを見つけやすい」ということでした。というのも人間が料理をするとどうしても伝統的な組み合わせや先入観があって自由に考えられませんが、AIはその点しがらみがなく料理の組み合わせを見つけやすいのです。著者はそうした経験からこの本のアイディアに至ったのでしょう。

こちらの本は「フレーバーの組み合わせ」から新しい料理をクリエイティブするもの。特徴は著者が独自に作った「フレーバーホイール」です。カラーホイールに似た円環状の図はその食材が持つアロマの特徴を著したもの。

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伸びている線が長いほど「共通する芳香化合物が多い」=「相性がいい」ということを示しています。

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例えばこのホイールからはトマトであれば「紅茶」と相性がいいことがわかります。(ホイールの時計の針で3時のところにあります)

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そこから「紅茶とトマトのソース」というレシピが導き出される、というわけです。トマトと紅茶の組み合わせはこうしたフレーバーホイールやAIじゃなければ見つけられないか、というともちろんそんなことはありません。

例えばここで紹介した『トマトと紅茶のコンソメ』は和久田シェフのレシピはかなり古いもの。和久田シェフのような偉大なシェフはこうした「相性のいい」組み合わせを感覚的に見つけていくわけですが「どうしたら料理を思いつくのか?」という質問に対して和久田シェフはこう答えています。

私はこういうものが食べたいといつも頭で考えている。実際にいろいろなところでいろいろなものを食べている。勘や直感は経験から生まれる。慣れれば知識と経験と勘で、これとこれを合わせたらこんなふうになる、と自然に味がイメージできる。
たぶん、画家がある色とある色を混ぜ合わせれば、どんな色になるかがわかるように。作曲家がこの音とこの音を合わせれば、どんな音が鳴るかわかるように。(『オーシャントラウトと塩昆布』和久田哲也著 PHP新書)

そう、風味の組み合わせは経験がものをいう世界。しかし、こういったツールがあればそれを補うことができる、というわけ。

この「共通する芳香物をもつ食材同士は相性がいい」という話は僕のnoteでも何度か触れていますが、いわゆる『フードペアリング仮説』を元にしているのでしょう。

フードペアリング仮説はスイス、ジュネーブにあるフィルメニッヒという世界的な香料メーカーの研究者、Francois Benziが発表した概念で、彼は最初の分子ガストロノミーのワークショップで豚のレバーとジャスミン(同じインドールという香り成分を含む)の組み合わせを発表し、料理の世界にインパクトを与えました。実際、嗅覚の受容体と味の受容体がキャッチすることで風味というのは立ち上がるので、2つの食品が似通っていれば受容体に及ぼす作用も近く、違和感がないというのはなんとなくわかります。

この仮説に従うと「トマト×バジル」「パッションフルーツ×チョコレート」「ライチ×フランボワーズ×バラ」のような定番の組み合わせの相性が確認できる他、「キャビア×ホワイトチョコレート」「牡蠣×パッションフルーツ」のような意外な組み合わせも発見できます。

このフードペアリング仮説にはもちろん限界もあります。一つはコントラストがないことです。例えば味では甘み×酸味、香りではキノコ×牛肉のような対象的な組み合わせがありますが、フードペアリング仮説は同系色の色でかきあげた単彩画なので、こういった組み合わせは導き出せず、画として複雑にはなりません。複雑なものがいいのか、というとまた別の話ですが、ワインと料理のマリアージュではコントラストを大事にする傾向があり、やはり無視はできません。

また、食材に含まれる風味化合物は種類が多く、微量に含まれる成分が全体に影響を与える場合もあります。それがフードペアリングの分析は限定的過ぎる、という批判に繋がっているよう。

以前にも引用しましたが、こちらの論文では食品の相性(おいしさ)は化学よりも民族的および文化的な違いによる影響が強いことが示唆されています。西洋ではフードペアリング仮説は支持されますが、東アジア圏ではむしろ同じ風味化合物同士を避ける傾向にある、とのこと。もちろん、今後の研究が進めば別の視座が得られるかもしれませんが、確かに何でもしょう油や味噌といった調味料のフレーバーでまとめてしまうアジア圏の料理と西洋の料理を同一に考えるのは難しいですよね。

ともあれ、新しい組み合わせを考えるヒントになることは間違いありません。

ちょっと前に同様の趣旨の香りの組み合わせで料理のクリエイティブを助ける『フードペアリング大全』という本も発売されましたが、こちらの本はやや専門的で網羅性が高い上級者向けの内容になっています。その点こちらの『フレーバーマトリックス』は中級者向けといえ、はじめてフレーバーに関する本を読んでみたい、という人にオススメです。

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弱点はアメリカの本なので1カップ=250mlで、さらには砂糖などもカップ表記であること。グラニュー糖であればアメリカサイズの1カップ=200gなので、1/2カップということは100gといったところでしょうか。ブラウンシュガーは210gなので105gという感じ。このあたりは『アメリカ 計量カップ グラム換算』で検索すれば出てきますが、いずれにせよ日本の料理本よりも分量が多いので、すべて半量〜1/4量くらいでつくるとちょうどいいかもしれません。

先日から読み進めているのですが、フムスをひよこ豆ではなくくるみで作り、うま味として白味噌を入れるところなどなかなかおもしろいですよ。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!